1 鬼婆んば

 むがしあったけど。あるづぎなぁ。小僧 (こんぞ) こぁ、和尚 (おす) さんの使いで、及位 (のぞぎ) のこし ぎ峠越えで、矢島さ行 (え) ぐごどんなたけど。矢島ずぁ遠えおんだはげぁぇ、峠越え だら、日ぁ暮 (く) っでしまたけどは。
 ほんで、困てしまて、何処が泊めでくえっどこぁねぁんだが、て、先さ行たけ ど。ほしたら、向うにぽつんと、灯 (あがし) ぁ見 (め) っけど。ほんで、小僧こぁどっかどして、 よろごで、泊めでもらうべど思 (も) て、ほごさ行 (え) たど。ほうして、
「お晩です、お晩です」
 て、戸ただえだら、入口 (へありぐぢ) の戸がらっと開げで、婆さま出はて来たけど。ほんで、 小僧こぁ、婆さまどさ、
「矢島さ行ぐなだども、暗くならっだはげぁぇ、泊めでもらわんねべが」
て頼だど。ほしたら婆さま、
「でやでや。とまれとまれ」
 て泊めでくっだけど。ほうして、飯 (まま) もごっつぉして、奥の座敷さ寝へでくっだ けど。
 小僧こぁ、寝でがら夢見だけど。枕もどさ弘法大師さま立って、「小僧、小僧、 おめぁぇどさお札三枚 (めあえ) さずげでえぐ。困たごどでげだら、このお札さ頼め」て、 お札三枚、小僧こぁ枕もどさ置ぐど、お姿すうっと、見ねぐなたけどは。
 ほんで、小僧こぁ、はっと思たら、目ぁ醒めだけど。ほうして、枕もど見だら、 本当 (ほんとん) お札三枚あんなだけど。
 小僧こぁ、ありがでぁぐなて、「南無阿弥陀佛 (なんまみだぶつ) 、南無阿弥陀佛」て拝んでだば、 なんだが水屋 (みじや) の方で、じゃりっ、じゃりって何が磨ぐよんた音ぁすっずおん。
 小僧こぁ、婆さま、この夜中ん何しったおんだべど思 (も) て、戸のすぎまこがら、 そっとのぞえでみたど。ほうしたば、鬼婆んば、
「あの小僧こぁ、んめぁぇそだ。あの小僧こぁ、んめぁぇそだ」
 て言 (ゆ) いながら、包丁 (ほえじよ) とえんだなだけど。
 小僧こぁ、おかねぐなて、おかねぐなて、ふるえながら、なんずんして逃 (ね) げだ らえべて考げぁぇだど。ほうして、便所さ行 (え) ぐふりして逃 (ね) げねんねど思 (も) て考 (かんげあえ) だ ど。ほうして、座敷の戸あげだど。ほしたば鬼婆んば、戸あぐ音聞ぎつけで、
「小僧、小僧、どさ行 (え) ぐ」
 つけど。ほの顔 (つら) のおかねごど、髪あやしゃやしゃてんべし、口ぁ耳んどごまで 裂げで、眼 (まなぐ) ぎょろぎょろ光らへで、にらむなだけどや。小僧こぁ、おかねくてふ るえながら、
「くそでだぐなたはげぁぇ、便所 (へんつん) さえぐなだ」
 て言 (ゆ) たば、鬼婆んば、
「んだが。んでぁしっとえぁまで」
ていうど、長んげぁぇ細びぎ持てきて、ほれ小僧こぁ腰さつねで、端の方おわ 持て、便所さ行がへだけど。
 小僧こぁ、ほの細びぎ引ぎって便所さ行たど。ほうして、便所さ行 (え) ぐど、弘法大 師さま、こういう困た時 (づぎ) 使えて、お札くっだぁだなて思い出して、お札一枚 (いぢめぁえ) しと ごろがら出して、お札さ、「どうが、おれぁ逃 (ね) げるまで、まだだ、まだだて言 (ゆ) てこ ろ」て頼で、ほのお札細びぎさつねで、便所がらどんどど逃げで行たけど。
 ほれがら、少すおもうど、鬼婆んば、
「小僧、小僧、まだが」
 ていうけど。ほしたればお札ぁ、「まだだ」て言 (ゆ) てくっだど。ほうして、またす ばらぐすっど、鬼婆んば、
「小僧、小僧、まだが」
 ていうけど。ほうすっどお札小僧こぁ代りんなて、「まだだ」て言 (ゆ) てくっだけど。 ほうして、またすばらぐすっど、
「おそえちゃな小僧、まだか」
 ていうけど。ほうして、まだすばらぐおもてがら、鬼婆んばごしぇで、
「なえだておそえちゃな小僧」
 ていうずど。ほの細びぎくえら引ぱたけど。ほしたば、ほの細びぎぁ軽々どこっ ちゃ引ぱらっできて、細びぎの先さお札つっだばんだけど。んだべや、小僧こぁ、 細びき解えで、さっさど逃げでしまたんだおん。
 ほうすっど鬼婆んば、顔 (つら) んね顔して、
「小僧逃げだな」
 ていうど、小僧こぁどごぼかげて行たけど。小僧こぁ、一生懸命 (けめ) なて逃げだど も、鬼婆んば早 (は) えおんで、ほのうづ追 (かつ) がれそんなたけどは、ほんで、小僧こぁ、 二枚目 (にんめぁえめ) のお札、おわうすろさ、ぐえら投げで、
「おれぁうすろさ、大っき川ではれ」
 て叫 (さが) だど。ほうしたば、小僧こぁうすろさ、大川出来 (でげ) だけどや。鬼婆んば、
「小僧、までー。小僧、までー」
 て、おっかね声出して追 (ぼ) てきたども、大川出はたけどや。鬼婆んば、
「小僧、までー。小僧、までー」
 て、おかねぁ声出して追 (ぼ) てきたども、大川出はたべ。ほうすっど、鬼婆んば、
「この畜生、この畜生」
 ていいながら、じゃぶじゃぶど、なんぎして川こえでくっけど。ほのこめん小 僧こぁ、まだどんどど逃げだど。ほうしているうづん、鬼婆んばようやぐ川渡て、 まだ、
「小僧、までー。小僧、までー」
 て追 (ぼ) てきたけど。小僧こぁ、おかねくて、おかねくて、どんどど走して逃げだ べ。んだて鬼婆んばだべ。早 (は) えおんで、早えおんで、小僧こぁ、まだかつがれそ んなたけど。ほんで小僧こぁ、まだうすろさお札投げで、
「俺ぁうすろさ、大っき砂山出はれ」
 て言 (ゆ) たど。ほうしたば、小僧こぁうすろで、大っき砂山ではたけどや。ほうすっ ど鬼婆んば、
「この畜生 (ちきしよ) ぁ、こんだ砂山が」
 て言 (ゆ) いながら、砂山さ登てえぐけど。んだて砂山だべ。一足登っど、ざくざくっ と崩れ、一足登っど、ざくざくっと崩っで、ながなが登れねけど。
 ほのうづ小僧こぁ、まだ、今 (えま) のうづだていうど、一生懸命なて逃げだど。ほん でもほれ鬼婆んばだべ。荒れぁおんで、あれぁおんで、まだ、砂山越えで、
「小僧までー。逃げだてだめだぞ、こらまでー」
 て、おかね声で叫がびながら、まだ、追 (ぼ) て来たけどや。
 こんだ、お札もなぐなたべ。んだはげぁぇ、小僧こぁ、おかねくておかねくて、 死にものぐるいで走したぁだど。んでも、鬼婆んば、小僧こぁうすろがら、
「小僧までー。小僧までー」
 て、どこまでも追て来るおんで、まだは、小僧こぁ、かつがれそんなたけどは。 ほうして逃 (ね) げだども、疲 (こわあえ) ぐなて、小僧こぁ、蓬どしょうぶのある草やらで、つ まづでしまてころでしまたけど。ほんで、しかだねぁぇ、小僧こぁ、ほの蓬どしょ うぶの草やらさ、すぐだまて、かぐっでいだど。
 ほうしたば、鬼婆んばぁ、ほのやぶの近ぐまで来たども、ほのやぶやらみで、
「蓬どしょうぶのやぶやらさかぐっだがは、ほれだば、なんずもでけねぁぇ」
 どて、山さ戻て行ぐけどは。
 んだはげぁぇ、今も、五月節句にぁ、魔除げだて、軒さ蓬どしょうぶ差すよん なたぁだど。とんぴんからんこぁねぁっけどは。
(話者 高橋良雄)
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