22 化げ物むがし

 むがしあったけど。
 ずっとむがし、旧村のかず沢さ化げ物ぁいで、夜んまなたていうど、「ぶーん、ぶーん」て、哀れだ声出して叫でんないだけど。ほんで旧村の人達ぁ、晩方なっどは恐ねぁくて、向うのかず沢の方さ行がねぁぐなてしまたけどは。ほんでほれ聞(き)だ鏡沢(かがみざ)の三太ていう、馬鹿力のある男ぁ、
「なぁんだ。化げ物なてほんたおのぁ、おれぁ行(え)て征伐してくえる」
 て来たけど。ほうして、旧村のお橋渡(わだ)て、地蔵(ずぞ)さまん所(ど)から、かず沢さ入(へあ)て行たど。夜んま提灯(ずん)つけでだけど。ほうすっどほれ、かず沢で化げ物ぁ、
「ぶーん、ぶーん」
 て叫ぶおどすっずおん。ほんでほの声のする方さ、ずっと行てみだば、ほら穴あっけど。ほうして、ほの化げ物ぁ、ほの洞穴んながで、すこでぁぇま大っき眼(まなぐ)光らへで、「ぶーん、ぶーん」て叫(さが)でんなだけど、ほうして、三太顔(つら)さなま臭(くせ)ぁぇ息(いぎ)、ふーっふーっどかげでよごすなだけど。ほれさ暗(くれ)ぁぇおんだおん、化げ物の姿なの見(め)ねぁべ。んだはげぁぇ、顔(つら)さは臭(く)せぁぇ息ふっかげられるし、大っき光る眼(まなぐ)でにらめられるおんだはげぁぇ、これだば、なんた化げ物だか分らねぁおんだど思(も)たら、恐ねぁぐなてしまて、青ぐなて逃げできたけどは。
 ほうすっど、ほれ聞で村の人(しと)ぁ、みんな恐ねぁがていだけどは。ほうすっど、旧村の十五んなる、小っちゃぇ野郎こぁ、
「んでぁ、おれぁ行(え)てみる」
 つけど。んだおんだはげぁぇ、つぁつぁ(父)もがが(母)も、
「ほんた化げ物(おの)さなの、ないだどて行ぐどご。たぁだ食(か)っでしまうばんだんだはげぁぇ」
 て、何回(なんべん)言(ゆ)て聞がへだたて、ほの野郎こぁ、きがねぁけど。
 ほうして、ほの野郎こぁ、蓬干したな一背負(しとしょい)しょて、小(ち)っちゃぇかしぎ(雪べら)一(しと)づ持たばりで、昼ま行たけど。ほうして、かず沢のぼて、洞穴んどさ行たども、昼まなおんだはげぁぇ、化げ物の声ぁしねぁけど。
 野郎こぁ、穴んどごで、背負てだ蓬下ろして、ほれさ火つけで、どんどんえぶして、ほれ穴さぶこでやたど。ほうして、一寸(しっとあえ)おもたば、穴ん中がら、「ぶーん」て化げ物ぁ出はて来たけど。ほうして、野郎こぁ前(めあえ)さ、どさっと下りだけど。野郎こぁ、えっくん見だら、大っき蚊(よが)だけど。ほの蚊ぁ、野郎こぁ前さ膝つで、
「どうが、おれぁ眼(まなぐ)さ入(へあ)った栃取って下(くだ)ぁぇ」
 て願うなだけど。蚊ぁ、栃の実、眼さ入らっでしまて、ほれ取れねぁくて、ぼろぼろど涙出して泣(ねあ)っだぁだけど。ほうして、ほの栃の実取てころどて、ぶーん、ぶーんてあわれだ声出すなでぁったけど。
 ほんで野郎こぁ、かしぎで蚊の大っき眼がら、ほの栃の実取てくっだど。ほうすっど、蚊喜(よろご)では、大っき羽ひろげで、「ぶーん」ていうど、どさが飛(と)で行(え)てしまたけどは。とんぴん からんこぁ ねぁっけどは。(集成六四〇「短い話」)
〈話者 高橋久米次郎〉
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