4 小間物忠兵衛

 むがしあったけどよ。
 あるどさ、商(あぎね)ぁぇして歩(あり)ぐ婆さまいでったどよ。その婆さまに一人(しとり)息子ぁいでったど。婆さまぁ、息子ぁ働ぐ年ごろなたおんだはげぁぇ、えあんべのどさやて働がへねんねど思(も)て、町ばの大っき店(めへ)さやたど。その息子ぁ名めぁぇ忠兵衛ていうなであったそうだ。
 その忠兵衛ぁ、生れがらあんまりえぐはねども、まじめに、正直に店のこどならいならい勤めっだおんだはげぁぇ、ほの店の旦那さまがらも、他の番頭だぢからもめんごがらっで、ひいぎにさっで、だんだん店のごども憶(お)べ、お客がらもひいぎにさっで、ええ番頭んなたけどよ。
 婆さま、家(え)にいで商ねしながら、「おれぁ家の忠兵衛ぁ、いつ来(く)んなだべ」て忠兵衛あ家(え)さ帰(け)ぁぇてくんなばり楽しみんして待(まぢ)っだけどよ。
 そうしていだどさ、油売り婆さま来たけど。ほの婆さま、毎日あっつ村、こっつ村て廻てありて、あっつで一合売り、こっつで二合売て歩(あり)ぎしてんなで、忠兵衛家の商ね婆さまど友達(だづ)であったどよ。
 ほの日も商ね婆さま、油売り婆さまど行(い)ぎ会(あ)たおんだはげぁぇ、商(あぎ)ね婆さま、
「おれぁ家(え)にぁ誰もいねし、この米持てえてたぁぇで食(か)へっさげぁぇ、おれ家(え)さ行(え)て泊れ」
 て言(ゆ)たど。ほんで油売り婆さま泊たどよ。
 ほれ、女子同士だべ。二人(したり)ぁ寝ででおなご話にしゃべたけど。あそこの家(え)あこうだの、こっつの家のだれそれぁああだのて言(ゆ)てで、商ね婆さま、
「あぁ、あぁ、おれぁ家(え)の息子ぁ、なんぼなんぼなんども、家(え)さ来ね。いづ来るおんだが」
 て、くどぐけど。
「どごさ行(え)ったなや」
 て、油売り婆さま聞(き)だば、
「こういうどさ行(え)て、○○年なんども、まだ来ねなよ」
 て言(ゆ)たば、油売り婆さま、
「んでぁおれぁ家(え)んなど同(おんな)ずだ。娘でもあづげねば駄目だべど思てだ」
 ていうけど。ほんで商ね婆さま、
「んだなよ、おめぁぇどごがええ娘こぁいだどご知らねが」
 て聞だどよ。ほしたらば油売り婆さま、
「ほんでぁなや、こういうどごの家じゅうに、こういうええ娘こぁいだはげぁぇ、そごの娘こをもらえ」
 ど、こうなたけどよ。
「ああ、ほだが、ほんでぁほの娘こもらうごどんして、息子どご呼ばねんね」
「んだが、んでぁほの娘の絵すがだ描(け)ぁぇでもらて、ほのうづ持てくる」
 て、油売り婆さま言うけど。ほんで商ね婆さま、
「ほんでぁなんとが、ほうしてくだはれ」
 て頼(たの)だどよ。ほうしたば、油売り婆さまどごの絵がきに描(け)ぁぇでもらたおんだがそのうづ、その娘の絵姿もてきたけどよ。ほうしてみだば、とでもとでもええ女子なおんでええ女子なおんで、こごら辺りでなの見るやねええ女子だけどよ。
 ほうしているうづん、息子ぁ来たどごで、
「おめぁぇもな、いづまでも一人(しとり)身でいらんねんだし、こうこういうどこに、こういう娘がいだ。この娘もらたらえんねがや」
 て、その絵姿見へだら、息子ぁ、
「おれぁ、おっかさんどさ親孝行(ごう)しでぁぇはげぁぇ、おっかさんがえていうなだば、え」
 ていうおんだはげぁぇ、商ね婆さま、すぐ油売り婆さまさ行(え)て、
「おれぁ家の息子ぁ、こういうけぁ、ほんでどうか中さ入(へ)て、まどめでくんねが」
 て頼(たの)だど。ほしたら、
「ああ、んだが、んでぁでげだど同なずだ。んでぁ、ええどごの人(しと)、仲人(ど)に立ででえがへろ。おれなの駄目なんだ」
 て、そして、そっちゃこどむぎやて、
「いづまでもその店(めへ)にいだて駄目なんだ。むがしから住んでだこごさ呼ばらねばでげねんだはげぁぇ、まづ暇もらわへでこごさよばれ」
 て、油売り婆さま教(おへ)だど。そうしてよばたどごで商ね婆さま、
「えま、二十五もなたおんだおん、いづまでも他人(しと)の家(え)の番頭してだて駄目なんだはげぁぇ、早く家さ来て、一人(しとり)立ぢなれ」
 て、息子さ言(ゆ)たど。息子も、「んだな」ど思(も)て、ほだらば今(えま)まで何年も勤めで、辛棒(すんぼ)していだんだし、金も少し溜たんだしど思(も)て、いろいろ小間物仕入で、家(え)さ帰(け)ぁぇて来たどよ。ほうして家造作(ぞうさく)して嫁もらたんだけどよ。そうして、店開(ひれ)ぇで小間物商ね始めだけど。
 忠兵衛ぁ、店の品物(おの)あ無ぐなっど遠ぐの町ばまで仕入ん行(え)ぐなだけど。忠兵衛の嫁こぁ、ほれごそこごら近所になの、いねよだ器量のええ嫁こだべ、んだおんだはげぁぇ忠兵衛ぁ、いづでも見ていでぁぇがったあだど。んでも仕入ん時(づぎ)あ、町場さ行(え)てくるまで何日もかがんべ、んだおんだはげぁぇ、仕入ん出がげっ時(づぎ)あ、めぁぇにけぁぇでもらた嫁この絵姿、懐(しとごろ)さ入 (へ)っで持て歩(あり)て、見でぁぇぐなっど出して見い見すんなだけどよ。
 こんども、まだ、ほの絵姿懐(しとごろ)さ入(へ)で出がげだけど。そうして握飯(にぎまま)しよてこごだばしょね坂峠みでだ、峠の高所(たがで)さ行(え)て、まず昼間しねんねど思(も)て、握飯(まま)出して、昼飯(ひるまま)食たど。そうして、昼飯食たどごで、嫁こどご見でぇぐなて、懐(しどごろ)がら嫁この絵姿出してひろげで見っだけどよ。
 ほうしたば、空さぽつっと黒え雲ぁ出はてきたけど。そうしているうづほれぁたづまづ、巻風んなて吹えできて、あっという間(こめ)ん、嫁の絵姿ふっとばさっでしまたけどは。ほんで、何処(どさ)落づるおんだべと思(も)て見っだば、ずっと向うの黒塀のまわた立派だ家(え)の坪さ、くるくるっとまわで落だけどよ。
「あぁあさ落ぢだ」
 ど思(も)て見っだば、六つ七つなるわらすこぁ出はてきて、へぇづ(そいつ)拾(ひろ)て家さどんどん入(へ)て行(え)てしまたけどは。ほんで忠兵衛ぁ、あぁ、今(えま)そこまで行 (え)てらんね、帰(け)ぁぇて来てがらもらいん行(え)ぐべ、ど思(も)て、峠越えで仕入ん行(え)たけどよ。
 そうしている内(うづ)ん、こんだ、黒塀のまわた長者家(え)のあんさんが、ほの絵姿みで、ほの女子しとさ恋(ほ)れでしまて、ほの女子しと欲しぐなてしまたなだけどよ。
 そして、この絵姿こごさ落ぢでくるからにぁ、かならずこの近郷の女子だべ、ていうごどんなて、まず近郷の人集(しとあづ)べる工面しねんねていうなで、んだら、ふなしんべぁ立でだら集ばんべて、何十両も出して、ふなしんべぁの役者よばて、何時何日(いつか)ふなしんべぁすっさげぁぇ、て近郷近在さ、皆な触れ出したどごだどよ。
 ほうしたら、それぁ大評判なて、われもおれもて、ほれごそ近郷近在がら女も男も、子供も年寄(としより)まで、押すな押すなて集(あづ)ばて来たけどよ。そうすっど忠兵衛家(え)の婆さまも、嫁さ、
「おめぁぇも見でぁべ、行(え)て見で来え」
 て言(ゆ)たど。ほしたば嫁あ、
「あぁあぁ、おれぁ兄(あん)さまいねどこで行(え)がんね」
 ていうけど。
「んだたて、隣の嫁も行(え)ぐどこだおの、おめぁぇも行(え)げ」
 ていうおんだはげぁぇ、ふなしんべぁ見ん行(え)たどごだどよ。
 黒塀の家(え)の兄(あん)さん、絵姿の女子あ忠兵衛の嫁だなて知らねべ。その女子おしくておしくて、ほんで、人(しと)あえっぺ集ばっど、ほの女子人(しと)ぁ来ねがど思(も)て、あっみこっみ女子人達(したづ)ばり見っだどよ。ほうしたば後(うすろ)の方さ、それらす女子人(しと)ぁ来ったけど。ほの女子人のきれだごど、きれだごど、ほの女子人(しと)ぐれぁぇきれだ女子なのどごにもいねけどよ。ほんで兄(あん)さん、この女子人(しと)にそういね、ど思(も)て、懐(しとごろ)がら絵姿出して、見ぐらべで見だど。そしたら絵姿どおんなじだけどよ。ほうすっど兄(あん)さん、人使(しとつか)て二、三人で忠兵衛の嫁どご、むりむり、ぐんぐんどかっつぁらて行(え)て、舟さのへで、黒塀屋敷さつで行(え)て、おわかがんしてしまたけどは。
 忠兵衛の婆さま、家で一晩寝でまずっだども嫁ぁ来ねずおん。何なおんだが、二日たても三日暮しても来っづぁねずおん。どごさ行(え)たおんだが不思議だおんだ。こんげぁぇなんなだば、出してやんな、んねがったて、がおていだけどよ。
 そうしてっどさ忠兵衛ぁ帰(け)ぁぇて来たけど。すっど母親、
「忠兵衛、忠兵衛。まづまづ、おめぁぇどさ申すわげねぇごどしてしまたは。ふなしんべぁかがたおんだはげぁぇ、見(め)へでぁぇどもて、行(え)がねていうな、見でぁぇべどもてやたば、三日たても四日たても帰ぁぇて来ねなよ。あぁあぁ申すわげねごどしてしまた」
 て言(ゆ)たば、忠兵衛は、
「うう、ほっが、分がだ。ほれぁおめぁぇだ悪(わ)りなんね。おれぁ悪りなだ」
 ていうけど。そうして仕入物(おの)、どったりおろして、どさが走して行(え)ていねぐな てしまたけどは。
 忠兵衛ぁ、前(めえ)に絵姿、風にとばさっだ時(づぎ)、ほの絵姿、黒塀のまわた立派だ家の 庭さ落んな見ったべ、んだはげぁぇ忠兵衛ぁ、あの絵姿、黒塀の家(え)の誰が見で、あんまりええ女子なおんだはげぁぇ、おれぁ家(え)のかがどごおしぐなて、ふなしんべぁの晩にさらて行(え)たに相違ね、ど思たどよ。
 ほんで忠兵衛ぁ、つらさ墨塗(ぬ)て、年寄みでぁんして、杖こつで、腰(こす)こまげで、ほごの家(え)さ行(え)て、
「ずっと旅して来たおんだども、年寄だなさ、すんけつなおんださげぁぇ、ありぎ廻んな難儀(なんぎん)なたはげぁぇ、なんとがこごの家で助けるど思て、かまどの火焚ぎが何がさへで、なんとが使てもらわんねべが。どうが使てくだはれ」
 てなぁ、頼(たの)だけどよ。ほしたば旦那、
「あぁ、んだがんだが、今(えま)までなんぼがなんぎしたべぁ、あぁえぇえ、使うはげぁぇ、かまどの火焚ぎでもすろ」
 てなや、忠兵衛ぁそごの家(え)で、かまどの火焚ぎんなて暮しったけどよ。
 ほうして、木割も上手(じょん)だ、何さへでも上手(じょん)だけど。ほんでほごの家でぁ、
「何さへでも上手だ、ええ人(しと)やどて、これぁまずえがった、金もなんぼも払ういらねんだし、えがった」
 て、ほれごそごっつぉしておえっだけどよ。
 ほうしているうづ、風呂さ火焚えで、湯のあんべぁぇ見で「こんだ風呂あわぎあしたはげぁぇ、どうが入(へ)てくだはれ」ていうど、ほごの家(え)のおじいさんが一番早ぐ入(へ)て、ほの次ぁ、おばあさん来て、ほの次ぁ兄(あん)さん入て、ほの次ぁ、兄さんの嫁ぁ入(へ)んなだけどよ。
 忠兵衛ぁ、ほれ聞(き)で、今夜(こにゃ)ごそ兄さんの嫁ぁなんた嫁だが見ねんねていうなで、板の隙間こがら見っだど。ほしたば、やっぱりおじいさん来て、おばあさん来て、兄さん来たけど。忠兵衛ぁ、こんだ嫁ぁ来んなだなど思(も)て、待じっだどよ。そしたばやっぱり嫁ぁすわすわど来たずおん。忠兵衛ぁ、眼(まなぐ)皿こんして見っだば、やっぱりおわえ(自分の家)のかがだけどよ。ほんで忠兵衛ぁ走して行(え)て、
「ああ、やっぱりお前(めえ)が。やっぱりここに居(え)でぁぇったが」
 て、かがどごしめだど。かがもどでして、
「兄(あん)さまが、ああ、兄さまが。えぐ来て呉(く)っだ」
 て、二人(したり)ぁ、そごで泣ぎながら抱ぎ合(あ)たけどよ。ほうして、嫁ぁ、
「おれぁ、ここの家(え)の兄(あん)さんにさらわっで来だ。ねげんべと思たども、逃(ね)げらんねくていだなだ。兄さまどさ申すわげねくて、毎日泣えで暮しった。おれぁ兄さまさ申すわげね体んなてしまたはげぁぇ、どうが殺して呉(こ)ろは」
 て泣ぐけどよ。忠兵衛は、
「ああ、ああ、これぁお前(めえ)、えぐねな、んね。おれぁえぐねなだ。絵姿風にせも飛ばさんねば、こんたごどんならねぁでぁぇった。まづ憎えな、こごの家の兄さんだ。夜んま寝っだどご殺して呉(く)える。兄さん布団ぁなんた布団だや」
 て聞だば、「おれぁ布団ぁ菊の花つっだあだし、兄さん布団は、こうこういう布団だ」て、教(おへ)だど。
 ほうして次の日、まさがり、えがえがどといで、夜中んなたら殺して呉(く)えんべどもて、待じっだどよ。ほうして夜中んなっど、忠兵衛ぁまさがり持(た)がて、奥の部屋さ入(へ)て行(え)て、こっつあ兄さんだなど思(も)て、まさがりでだきっときてねげだど。 んでも、兄さん首きっどて、まづがて、おわかがの首切(き)てしまたあだけどよ。
 兄さん物音で目さまして見たば、おわそばさ寝った姉こぁ首もがっで、辺りあどろどろど血の海だけど。そうすっど、誰だかれだて、大さわぎなたべ。ほうしているうづん、誰が、
「火焚ぎさんすけぁいね。んでぁ火焚ぎじさまだべ」
 て、大さわぎして探したども、火焚ぎじいさまいねけどは。
 そしたら兄さん、
「ああ、ああ、これぁわだすぁえぐねなだはげぁぇ、騒ぐなさわぐな。自分がしとのかが盗(と)たなだおの、自分がえぐねなだ。何とがほごの家(え)さがして、ゆわげねんね」
 て、引取(しとた)ので、うんと探さへだど。ほうしてようやぐ探したどごで忠兵衛だ、小間物忠兵衛だて分がて、兄さん、忠兵衛あ家(え)さ行(え)て、
「ああ、ああ、この度のごどは、みなわだす悪(わ)りなで、ほんとん申すわげねぇごどしてしまいあしたは。どうが許してくだはれ」
 て、忠兵衛あどさゆわげで、ほうして、
「これぁ少(すこ)すだども、どうがこれで供養してくだはれ」
 て、お金どっさり置(お)えで行(え)たけどよ。とんぴん からんこぁ ねっけどは。
(集成一二〇「絵姿女房」)
>>及位の昔話(一) 目次へ