2 豆こむがし

 むがしあったけど。
 むがしな、旧村に春あ、青物(あおおの)とて、あどぁ炭焼えで暮しった若げぁぇ者(おの)いであったど。名前(め)、三吉ていうなだけど。
 ある時(づぎ)、三吉ぁ、今日ぁ竹の子(ご)でもとてくんべど思(も)て、こしぎの裏さ行(え)たど。ほうして、昼間近ぐなたよだし、水のあっどさ行(え)て、飯(まま)食うべどもて、名勝沼の方さ行(え)たど。ほうして、ほの近ぐさ行(え)たば、なんだが沼でばしゃばしゃていう音ぁ すっけど。
 ほの名勝沼ずぁな、辺りぁブナのすこでぁぇま(すばらしく)大っき木ぁ、えっぺ生(お)えでで、水のとでもきれだ沼で、うんと美ぐす沼で、雁なの鴨なのえっぺ来る沼だど。んだはげぁぇ、三吉ぁ鴨でもえっぺ来でで騒ぐなだべがど思(も)て、そっと木のかげがらのぞこで見だど。ほしたば、鴨なのんねくて女子(ご)したぢだけど。んだおんだはげぁぇ、三吉ぁ、どでしてしまたけど。ほうして、なんだて、こんた山ん中の沼さなの来て、女子衆(し)たぢぁ水浴びなのしったおんだべど思(も)て見っだど。ほうして、どこの女子衆(し)たぢだべど思(も)て、えっくん見んべて、大っき木廻て見だば、三吉なのまだ見だごどなのねぇ、美ぐす女子衆(し)たぢあ三人、裸んなて沼で水浴びだけど。
 どこの女子衆たぢなおんだが、見だごどのねぇ女子衆(し)たぢだおんだ。ないだどて、こんたどさ来て水浴びしったおんだべ、て三吉あただ魂消て見っだど。
 ほうしたば、おわ(自分の)脇の方がら、なんだがとでもええ匂えあ、して来たけど。ほんで、三吉ぁほっつの方見たば、透きとおるよだ美す着物(つぎ)ぁ木の枝さ掛ったけど。三吉ぁ、「なんだて美す着物だごど、家(え)さもって行(え)ぐべ」ていうなで、ほの着物(つぎ)ただで、おわしどごろさ入(へ)でしまたぁだどは。ほうしてる内(うづ)ん、女子衆(し)たぢぁ、こっつの方さ来っけど。ほんで、三吉ぁ薮のかげさかぐっで見っだど。ほうしたば、したりぁ、三吉ぁ隠したなど同(おんな)ず着物きたども、もう一人(しとり)ぁ、「おわ、着物(きおの)ぁね」どて、あつこっつ、うんと探すけど。なんぼ探したて、ねんだはげぁぇ。三吉んとらっでしまたおんだおん。ほんでは、ほの女子衆とあ泣ぎ始めだけどは。ほうしたら、後の二人(したり)あ、「おらも誰がにしめらえっがしんね(捕われるかも知れない)」て、おかねぁぐなて、おわ着(き)物(おの)広げで、空さ飛で行(え)てしまたけどは。
 一人(しとり)のごさっだ女子しとぁ、ほごさしゃがまて、ただしくしくど泣っだけどは。三吉ぁ、そっとほの女人(おなごしと)の側さ行て、やさしぐ、
「姉こ姉こ、なして泣ぐや」
 て言(ゆ)たど。ほうしたば、ほの姉こぁ泣ぎながら、
「羽衣ていう着物(きおの)、誰がにとらっでしまて、天さ帰(け)ぁぇらんねぐなてしまて、ほんでおかなくて、悲すくて泣っだなだ」
 つけど。三吉ぁ、むぞせぐなて、
「んであ、まづ、おれぁ家(え)さ行(え)ご。なんにもおかなぐねえはげぁぇ、誰あとたが、後でおれぁ探して呉(く)えっさげぁぇ、泣ぐな、泣ぐな」
 て、やさしぐ言(ゆ)て、おわ家(え)さ連(つ)で行(え)たど。ほうして姉こぁ、三吉ぁ、やさすぐして呉(く)えるおんだはげぁぇ、食うごどがら、つぎおの(つくろいもの)なの、家(え)んながのごど何でも一所けんめしているよんなたぁだど。
 ほうしてな、ほの内(うづ)ん、ほれ、二人(したり)ぁ若げおんだし、仲えぐなて、おぼこぁ出げだぁだけどは。男わらすで、めんごえわらすこだけど。二人(したり)ぁよろごで、大事んして育でっだけど。んでも三吉ぁ、若(わ)げぁぇなたおなごしとぁ、何とがして羽衣見つけで、もう一度天さ帰(け)ぁぇりでぁぇど、いづでも思ていんなでぁぇったど。
 ほのうづ段々時ぁ経(た)って、三年すぎ、四年すぎ、わらすこも三っつんなり、四っつんなり、ほのうづ五つんなたけど。三吉ぁ誰あどさも教(おへ)ねで、羽衣押入の小(ち)っちぇ竹篭さ入(へ)っで、ほの上(ゆえ)さ布団つんでかぐしったあでぁぇったど。
 三吉のわげぁぇ、にゅうべぁぇ(入梅)も過ぎだんだし、着物(きおの)なの布団なの虫(むす)干すすんねんねどもて、押入がら布団なの皆出して乾がしたけど。ほうしてな、押入がら布団出してみだば、押入の隅(すま)こさ、小(ち)っちぇ竹篭あったけど。ほんであねこぁ、
「あら、こういうおのあ、あるちゃは、これさも着物ぁ入(へ)ったなだべが」
 ど思 (も)て、ほれ開けでみだど。ほしたばほれ羽衣だべ。どでするんだが、うれすんだが分らねけど。ほうして、ほの羽衣みつけっどは、天さ帰(け)ぁぇりでぁぇくて帰ぁぇりでぁぇくて、だまっていらんねぐなたけどは。
 んでも、おわ産したわらすこどごめんごえす、やさしぐしてくっだおわにどごもいだますくて離れらんねす、何(だん)すんしたらえべて、うんと悩(なや)だど。んでも天さ行(え)ぎでぁぇくて天さ行ぎでぁぇくて、しようねがったど。「おわ、一人(しとり)だば、天登んな造作(じょうさ)ねども、兄どわらすこどご背負(しよ)てだば、重でぁぇくて連(つ)で行(え)げねべし」て、困てしまたけど。
 ほうして七日(なのが)ばり経(た)づど、ええごどおもい当でだど。ほれぁまだ天まで届(とづ)ぐ豆こ植(ゆえ)らへで、ほれぁ大っきぐなたら、ほれ登て天まで上がて来え、ていうごどでぁぇったど。
 ほんで、置手紙けぁぇで、ほれさ豆こ一(しと)つぶ入(へ)っで、羽衣みつけだはげぁぇ一(しと)足先ん天さ上がっさげぁぇ、この豆こ植(ゆえ)で、毎日肥料(こやし)呉っで、朝晩水一升ずつ呉えっど、百日目ん天さとづぐはげぁぇ、百日たたら、わらすこ背負て必ずのぼて来て呉(こ)ろて、書(け)ぁぇで、晩のお膳の上(ゆえ)さあげで、天さ上がて行(え)てしまたけどは。
 表で遊んでだわらすこぁ、晩方しめん家(え)さ入(へ)てきてみだども、ががいねべ。んだおんださげぁぇ、「がが、がが」て泣ぎながらさがしったけど。ほごさ三吉ぁ帰ぁぇて来て、
「めご、めご、なして泣っだや」
 て聞(き)だば、わらすこぁ、「ががいね、ががいね」て、三吉どさ、とっつで泣ぐけど。三吉ぁ、
「ががなの、どさも行(え)がねんだはげぁぇ、裏さでも行(え)たべ」
 て言(ゆ)たども、わらすこぁ、
「家(え)ん中にも、裏にもいねけ」
 て、おおんおおんて、泣くけと。ほんで三吉ぁ、晩方しめん、家(え)ん中にも裏にもいねなておがすおんだど思(も)て、探してみだども、どこにもいねけど。ほうして、家(え)ん中さ、まだ晩の仕度してお膳も出してるし、えま時(ず)ぶん、どさ行(え)たおんだべ、不思議だおんだ、飯(まま)の仕度も出げっだようだしど思(も)て、お膳さかげっだ布巾取(と)てみだずおん。ほしたば、紙ただんだなお膳にあっずおん。三吉ぁ、はっと思(も)てほれ見だば、置手紙だずおん。ほれさほれ〈先(さぎ)ん天さ上がっさげぁぇ、この豆こめぁぇで、百日目ん、わらすこ連(つ)で、天さのぼて来て呉(こ)ろ〉て書がったべ。んであ、とうとう羽衣見つけらっでしまたが、んでぁ、なんずもしょねずんだ。ど思たけど。
 ほうしてな、三吉ぁ、次の日起ぎっどすぐ、ほの豆こめぁぇで、毎日、肥料(こやす)呉っであ、朝晩水一升ずづかげっだど。ほしたば豆こあ、そんま芽出して、毎日々々大っきぐなて行(え)ぐけど。ほうして五十日もすっど、大っきぐなて、大っきぐなて、天さとどぐみでぁぇだけどは。
 ほのえぁぇだわらすこぁ、ががぁががぁて、毎日泣でんなだけど。三吉ぁわらすこどごもむぞせぁぇ(かわいそう)す、おわも早ぐ会いでんだす、わらすこどさ、
「泣ぐな泣ぐな、つぁつぁそんまががどさ連(つ)で行(え)ぐはげぁぇな」
 てだましてっかったど。んでもわらすこぁ、
「つぁつぁ早ぐががどさ連(つ)っで行(え)ご、早く行(え)ご」
 どて、毎日泣がえるおんだはげぁぇ、むぞせくて三吉も時々もらい泣ぎしてっがったど。
 ほうしている内ん、時ぁたって九十九日目んなたけど。三吉ぁあんまりわらすこに泣がえるおんだはげぁぇ、今日ぁ九十九日目で、百日さあど一日足んねども、豆こぁこんぎゃぇ大っきぐなたおんだおん、天さ届(とづ)たべはげぁぇ、のぼて行(え)てみんべ、ていうなで、わらすこどご、んぷて、豆ぬ木登てえたど。ほうしたば、天ずぁ遠えおんで、高(たげ)おんで、途中なんども休まねど登らんねけど。ほうして登て行(え)たば、あど三尺ばり足んねくて、天さ届(とづ)がねけど。
「あらあら、あど三尺ばり足んねでぁぇは、これでぁ登らんねは、困たちゃ困たちゃ」
 て困てしまたけどは。ほんでわらすこどさ、
「めごめご、大っき声で、ががぁて叫(さが)でみろ」
 て、わらすこどさ言(ゆ)たど。ほんでわらすこぁ大っき声で、
「ががぁ、ががやわぁ」
 て叫(さが)ぶずおん。ほしたば天にいだがが、
「なえだて、おれぁぇえのめごぁ叫ぶよだ声だごど。んでもまだ一日早えどもな」
 て思てだら、ほごさ、まだ、
「ががやぁ、ががやわぁ」
 て叫ぶ声ぁすっずおん。ほんで声のする方さ走してみだど。ほしたば、おわ家(え)の兄ぁわらすこどご背負(んぷ)て、豆ぬ木登てきったぁだけど。ほうして天さあど三尺ばりんどごまで来たども、豆ぬ木ぁ、あど一日分伸び足んねおんだはげぁぇ、天さも行(え)がんね、下さも下りらんねぐなて、わらすこどさ、さがばへっだなだけど。ほんで三吉のわげぁぇ、
「なえだて一日早ぐ来たながは。んだはげぁぇ百日目ん登れ、てけぁぇできたあでぁぇった。んだて来てしまてがら、しょね、までまで」
 ていうど、おわ髪ほどえで下げでよごして、「これさ、手(た)ぐづえで登れ」ていうけど。ほんで三吉ぁ、かが髪ぎっつぐつかで、よやっと天さのぼたど。ほうして三人、まだ天で仲えぐ暮したけど。 とんぴん からんこぁ ねっけどは。
(集成一一八「天人女房」)
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