32 蛙女房 

 むかし、あるところに一人ぼっちぁいて、嫁もとんねで一人で暮していたどこさ、雨降りの夕方訪れて、ピチャピチャ、ピチャピチャと足音のあるな、と思ったら、女の人ぁ、
「今夜一晩げ泊めておくやい。道に迷って、どさも行きようない」
「御飯もないげんども、炊いて食べられっこんだら寄れ」
 て言わっで、寄ってみて、まめに、その家さ泊って朝げには早く起きて、御飯炊く、洗濯はする、て、いるうちに、
「嫁にして呉んねがはぁ」
 て言わっで、嫁にしたどこだど。そして嫁にしていだったら、何だか不思議なとこあるんだし、ある日その嫁言うには、
「兄さん、兄さん、今日はおらえのおとうさんが死んで、四十九日で四十九縁のお法事あるもんで、そこさ招待さっだから、そこさ行って来っから、暇呉っじぇくろ」
 て言わっで、
「ええどこでないから、行ってこい」
 ては言ったものの、どっから来たものやら、家元の親の四十九縁なて、どういうものか、
「よし、見はらかして呉れましょう」
 て、嫁について行ったど。だんだん見えつ隠れつ付いて行ったら、やっぱり山の中のとんでもない山の中なもんだなぁと思って行ったら、一つの大沼あって、そしてあっちこっち眺めているうちに、着物ストンと脱いだら蛙になってしまったのよ。ジャボーッと沼さ入って行って、
「いやいや、叔母御(ご)ぁ来て呉っじゃでこら、今和尚さまこざって拝むどこだ」
て、お法事、沼の中でしったごんだ。そのうち、和尚さまて言うど、赤蛙の大きな来て、
「いや、遅れて来たどこだ」
 て、一統だな、入って来て、「さぁお経詠んでおくやれ」て言うど、
カェコカェコカェコ
カナツボ オ日ニ照ラレテ
アツガテ カツガテ
ショウコウ リンリン
 て唱えたど。それ見て一人ぼっちは怒って、
「一人ぼっちだって、馬鹿にしてけつかる、蛙まで人を馬鹿にして、おかたになのなってけつかる、この分では許しておかんね」
 て、そこに枯棒杭あんので、沼さドサンと叩(はた)きつけたらば、ピターッと、その蛙の鳴声がなくなる。
「よし、こんで敵討った。よし、来たら風呂沸かして、茹で殺して呉れましょう」
 て思って、戻ってきて、こじらね振りして風呂沸かしていたけぁ、
「いやいや、遅くなった。いやいや、今日まず大変なこと出て、和尚さま拝んでだ最中に梁ぁ落ちてきて、和尚さまの眉間さ傷ぁついて大騒ぎであった」
 て来た。こん畜生と思って、まず、
「何ぼか疲れてあったべと思って、お風呂沸かしったから、入ってみやんねが」
「お風呂、あんまり好きでないから、入(い)っじゃぐない」
「そんなこと言わねで入れ、せっかく沸したの、どうでもせえね」
 ていうもんで、ビリビリ嫌んだがるの裸にして入っで、どんどん火焚いて、蓋かけて、そして開けてみたれば、青い蛙はブクブクと浮きっだけど。一人ぼっちでは居るもんでないけど。むかしとーびったり。
(山口ふみ)
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