56 姥皮

 むかしあったけど。
 うしろ千刈、前千刈持ったおじいさんがいたっけど。そしてその年ぁ旱魃てみな田は干(ひ)ってしまって、
「こんではとってもはぁ、水掛けねど、穫れそうもない、困ったもんだな」
 て、田の端(はた)で、
「おれ、娘三人持ってたげんど、こいつさ水掛けて呉れる人あっこんだら、娘三人持った、どれでも一人呉れっけんどもなぁ」
 て、一人口たったれば、山の方から、ガサガサ、ガサガサと猿降(お)っで来て、 「おじいさん、おじいさん、今何言うた」
「おれ、あの、田さ皆水干(ひ)って穫んねがら、水かけて呉れる人あったら、娘三人持ったから、一人呉れるて言うた」
「ほんじゃ、おれ掛けて呉れんべ」
 て、その夜大雨降って、ざんぶりと田さ水かけてもらった。そしてこんど、おじいさんは、
「もしか娘が行かねて言えば、なじょしたらよかんべ」
 とて、心配して寝っだれば、一番娘きて、
「おじいさん、おじいさん、朝飯、御飯だから、あがれ」
 て言うたれば、
「おれ、こういうごんで田干(ひ)ったもんだから、水かけして呉っだら、娘三人持ったから、呉っでやるて言うたから、行って呉んねが」
 て言うたれば、一番大きい娘、
「何もんぼれ語っているんだべ」
 て、枕蹴っとばして行ってしまったど。二番娘、また来て、起して、
「御飯あがれ」
 て来たもんだから、また同じこと言うたれば、その二番目の娘も、
「なにもんぼっでいるもんだか」
 て言うて、行ってしまって、
「困ったごんなんだな」
 ていたらば、三番目来て、
「おじいさん、おじいさん、御飯あがれ」
 て言うたば、
「おれ、猿と約束したげんども、嫁(い)って呉れられんまいか」
 て言うたば、
「あまりええ、行んから起きて御飯(おまま)あがれ」
 て言うので、起きて飯(まま)食って、こんど御祝儀の日、そしたば、猿は紋付きなど着て来たごんだけな。みんなに送らっで猿の家さ行く途中に、大したきれいな岩くれさ、藤の花咲いっだ。
「あれ、欲しいな」
 て言うたれば、猿ぁ、
「よしよし、おれぁ採って来て呉(け)る」
 なて、「これか」て言うたれば、「いまと上(うえ)んな」「これか」て言うと、「いまちいと上んなええな」て言うて、よくよく芯ぽえまで行って、「これか」て言うているうちに、下さ、まぐって死んでしまったど。そして娘は戻るわけもいかないんだし、ずうっとずうっと行ったれば、原っぱに家あっから、そさ行って、
「泊めておくやい」
 て言うたれば、
「ここ、鬼の家だしなぁ」
 て、おばさが出はって来て、
「んだげんど、おれ、なじょかして隠して置くから…」
 て、そこさ上げて待って夜飯早く御馳走になって、
「ほんじゃ、押入れさ隠しておくから、鬼来たたて、決して音立てんなよ」
 て言わっで、押入れさしまってもらっているうちに、鬼ぁ来て、
「何だ、ばば、ばば、何だか人くさいな」
「人なんてあんまぇちゃえ、人くさいなんてあんまぇちゃえ」
「いや、人くさい」
 なて、
「今日は里雀来たもんだから、それ、おれぁとって焙って食った匂いだべ」
 て、騙(だま)かして、そして次の日、鬼ぁ早く出はって行ったど。ばばは娘出して、
「これ姥皮ていうもの呉れっから、この鬼に追かけられたときぁ、これ、豆三つポロッと撒くじど、『ばばぁが』て行んから」
 姥皮て言うものもらって、それをかぶってずうっと来たれば、やっぱり鬼ぁ追かけて来たけど。そして豆三つ、ぽろっと置いたば、
「おお、ばばか」
 どかて、鬼ぁ行ったど。それからずっと行って、町さ出はったもんだから、大きな屋敷みたいなどこさ、
「使っておくやい」
 て、その姥皮かぶってだな、そこの家さ使ってもらって一生懸命で稼いで、夜になっじど、その姥皮脱いで、自分の部屋さ入って、一生懸命勉強しったどこ、そこの家の若旦那見つけて、そして嫁に欲しくなったごんだけな。そうして嫁に欲しいなて言うたて、脇の衆に反対さっで、病気になったごんだど。そして医者に、なんぼ見てもらっても、どこも悪くないもんだから、医者ぁ、
「欲しい人でもいたんねが」
 て言わっで、そして、こんど息子に聞いだれば、その姥皮かぶったの、それ欲しいて。んだら、その姥皮かぶったの、それ欲しいて。んだら、あの年寄り…なて、みんなに反対さっじゃげんども、「是非とも欲しい」て言うもんだから、いよいよ御祝儀の時、ちゃんと姥皮かぶって坐って、して、みんな招んでしったもんだけど。
「年取った、年寄りだ」
 とかて、みんな言うてた風だけど。そしたれば、その若旦那ちょっと立って、その姥皮取ったもんだけど。いや、そしたれば中からきれいな娘出はって魂消たどこだけど。んだから親孝行ざぁするもんだけど。一生安泰に暮したけど。とーびんさんすけ釜のふた。
(大石きみよ)
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