54 姥皮

 むかしあったけど。
 ここのようなどこにじじとばばいたけど。じさま山さ火野うないに行ったけど。そして、あんまりこわくて、
「この火野うなって呉(け)る人あったら、娘三人持ってだから、どれでもええな呉れる」
 て、一人口たったど。そうすっど、どっからか猿ぁ聞きつけて、ホイホイて来て、
「じじ、じじ、今なに語った」
「あんまり火野うない、こわくて、この火野うなってくれる人あったら、娘三人持ってだ、どれでもええなくれるて言うた」
「ほんじゃ、おれうなってくれっから、娘呉ろ」
 て言う。そうしてはぁ、本気になって、ホイホイてうなってはぁ、ちゃんと終(おや)して呉っじゃので、じじは家さ帰って来て、
「困ったもんだ、娘三人持ってだな、どれでもええから呉れるなて言うて、ほんに猿来らっじゃら困ったもんだ」
 と思ってはぁ、朝げに寝っだんだど。そしたら娘ぁ、一番娘ぁ来て、 「じんつぁ、じんつぁ、起きて御飯(まんま)あがれ」
「御飯(まんま)食たくないげんども、にさ、おれ言うこと聞いて呉(く)ろ」
 て言うど、
「何でもええな語れ」
「猿のおかたに行って呉んねが」
 て言うど、
「何語ってる、この腐れじんじ」
 て言うど、枕ぶっつけて逃げて行ったど。そうすっど、困ったもんだどて居っど、二番目ぁ、
「じんつぁ、じんつぁ、起きて御飯(まんま)あがれ」
 て来たんだ。
「御飯食うぁええげんども、おれぁ言うこと聞いて呉(く)ろ」
 て言うど、
「何でもええから語れ」
 て言う。
「猿のおかたに行って呉(く)ろ」
 て言うど、
「猿のおかたなの、蛙(びっき)のおかたなの、馬鹿語って、もんぼれじじい」
 て言うど、またふんだくて逃げて行ったど。こんどはただ一人、三番娘、じじは何とも仕様ないど思って寝だれば、
「じんつぁ、じんつぁ、御飯あがれ」
 て、一番小っちゃい娘来た。
「御飯食うええげんども、にさ、おれ言うこと聞いて呉ろ」
「何でもええ、聞くから、語りなされ」
 て言うけぁ、
「猿のおかたに行って呉んねが」
 て言うど、
「ええにも、ええにも、蛙のおかたでも猿のおかたでも何でもええから、起きて御飯あがれ」
 て言うけど。ええ娘で。ああ、ええごんだて起きて御飯食っていたれば、猿ぁホイホイって来たけぁ、
「じじ、じじ、おれに呉れる娘ぁどれだ」
 て言うけざぁ、
「この一番小っちゃいの、これだ」
 て言うたけぁ、喜んで猿ぁ、そんどき行くどき、唯行ったべぁ。三つ目に来っどき餅搗いて、
「重箱さつめて行くべ」
 て言うたとき、
「重箱くさいて言うがらに、食ね」
 て言うど、こんど、
「朴の葉さ包んで」
 て猿言うど、
「朴の葉くさいって、じんつぁ食いやんね」
「んじゃ、臼さ入っで、臼がらみ背負って行くべ」
 て、臼がらみ背負ったどこなんだけなぁ。そして臼がらみ背負って来て、ずっと山来っど、桜の花きれいに咲いっだな、
「おらえのじんつぁ、花好きだから、この桜の花好きだ、おしょって呉ろ」
 て言うど、
「ほんじゃ、降ろすべ」
 て、猿ぁ臼降ろしにかかっど、
「土さ降ろすど土くさいて食いやんねから…」
 て言うた。
「そんじゃ、背負って…」
 猿ぁ餅臼さ入っで背負って、木さのぼって、「これええか」て言うど、「それより、いまちいと上んな」「これか」て言うど、「いまちいと上」て言う。よくよく芯ぽえのええなさ手掛けっど、ポキッと押(おし)折(ょ)って、下さ落ちだどな。そうすっど猿ぁ、
猿沢に捨つるこの身はいとわねど、
後に残りし 姫ぞ恋しい
 て唄詠(よ)んで流っで行ったど。そしてはぁ、
「これから家さもどって行ったて、姉どもに猿のおかたなんて馬鹿にされっからはぁ、それよりはいっそう下の長者、上の長者て、長者あっから、そこさ行って釜の火焚きでもしんべと思って、家さ来ねで別の方さ行くどこだど。ずっと途中行くとき、鬼どもいて人とって食う、暗くなっどこだでほに、ずっと行って暗くなって来た。火箱のくらいの家ある。そこさ「もしもし」て立ち寄ったれば、「今夜一晩泊めて呉ろ」て言うたれば、年寄りばさまいて、
「おら家は、次郎太郎という鬼ぁいて、人とって食うなだから、あの、泊めらんねげんども、納屋ん中さでも入ってかくっで待ってやれ」
 て言わっで、そして入って泊ったど。そしたば次郎太郎ぁもどって来て、「人くさい、人くさい」なて言うげんど、「人をかくしった、んねが」て言うど、ばばぁ、
「さっきだ小鳥とって焙って食ったから、その匂いだべ」て言うたば、次郎太郎ぁまた出はって行ったどこだな、朝げ。そしてずっと、「人は、人は」なて行ったから、「姥皮ていう皮呉れっから、これかぶって行くじど、行って次郎太郎に行き会ったらば、豆三粒まいて、寝てろ」て言う。「そうすっど死んだと思って行んから…」て言うて、姥皮という皮もらって、かぶってずっと行ったど。ずっと行くと、次郎太郎、「人は人は…」て来て、そうすっど、娘ぁ死んだ真似しったんだから、「昨日(きんな)食った皮だ、おととい食った皮だ」と言うと、足で蹴っとばして行ったどこよ。
 それからずっと行って、下の長者、上の長者と二軒ある、その長者さ行って、
「釜の火焚きにでも使って呉(く)ろ」
 て行ったところが、
「ほんじゃら、見かけの悪い婆ぁだげんど、火焚きくらいさせんべ」
 して、寄せて使ってもらったど。そうすっど、夜になっど、昼間はひどいばばの格好してっけんど、夜になっじど、ちゃんと化粧して、髪結って勉強してっじほどに、こんどはそこの家の長者に、一人息子ぁいて、そいつぁ小便たれに起きて、なんだか、あの火焚きばんば、毎晩灯(あか)し点けてるもんだ、なにしてるもんだと思って、そっと覗ってみたらば、ちゃんとしてええ女、勉強しったな、それ見てはぁ、息子は病気になってはぁ、何も飲みも食いもしないではぁ、恋の病いになったど。そして医者たのんでも、なじょにしてもええ気はなくて、占いさ行って占ってもらったどこよ。したれば、「家内のうちに一緒になっだい人居で、そのために病(や)んでんなだから、番頭でも女中から、いた人をみな、水汲んで、枕元さ行ってみろ」て。それからみな行って、
「若旦那さま、若旦那さま、水あがれ」
 て、一番みかけのええ女中から先に行ったところが、
「水飲みたくない」
 て、さっぱり見向きもしないど。そして段々に誰ぁ行っても「水飲まない」て飲まないんだし、困ったもんだて。
「いま一人、台所に、釜の火焚きばんばいた筈だ。あんなばばの水など飲むまいげんど、ばばだって仕方ないから」
 て言うもんで、水汲んで行ってみて呉(く)ろて言うたべも、そうすっど、
「おれなど行ったて、若旦那さま飲むもんでないから、嫌(や)んだ」
 て言うたげんども、
「そんなこと言わねで行ってこい」
 て言わっで、水汲んで行って、「若旦那さま、水あがれ」て汲んで行ったば、
「なんぼかうまかんべ」て、ちゃんと起きて水飲んだど。それからは評判になって、みんな、
「あんなもんさ、嫁にとるなんて」
 世間から笑わっで、んだげんど仕方ないんだから、御祝儀ということになって、みんな大勢人招んで、そん時、ばば、やっぱり花嫁になったて、その姥皮脱がんねんだから、かぶって坐ったど。そうすっど、花婿はちゃんと立って小便たれに行くふりして出はって来て、そしてそのうしろから、姥皮ぐいっと剥ぎ取ったど。そうすっど、ええな「卵に目鼻」のようなきれいな娘はぁ、そんでその娘と一生富貴に暮しましたけど。むかしとーびったり、釜の蓋さんすけ。
(山口すえの)
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