桑原―久留島武彦から聞いた昔話―

 むかし、中国のあるところに、チョウランという女の子がおった。
 そのチョウランは大そう親孝行な娘で、お母さんと二人で楽しく仕合せに暮し
ておった。ところがそのチョウラン、あるとき夢を見た。チョウランがすやすや
と眠っている枕辺に、白髭をはやしたおじいさんが立って、その言うことには、
「チョウランよ、お前はなかなか親孝行なええ娘だ、んだげんども可哀そうに、
お前の前世というのは悪い人間であった。そのためにお前は近く、雷のために殺
されてしまう、可哀そうであっけんども、やむを得ない」
 と言ったかと思うと、ふっとその夢は消えてしまった。
「ああ、今のは夢であった、夢であってくれればええが本当にわたしは殺されな
ければならないのか、雷のために死ななければならないのか」
 チョウランは思った。そんなある日、どっか向うの方でゴロゴロ、ゴロゴロと
雷の音がした。はるか向うの方で雷の音がしたかと思うと、だんだんその音が近
くなってきた。そうしてこんどは自分の家の真上の方に鳴ってきた。
「ああ、今日はおれはこの雷のために殺される。仕方がない。おれは前世は悪い
人なんだ」
 チョウランは覚悟を決めた。そうこうしているうちに、突然に目もくらむよう
な稲光がした。ヒカヒカ!ていった時に、チョウランは思わず戸口の戸をあけて
外に飛び出した。お母さんは驚いて、
「チョウラン、どこへ行く、雷に……」
 と言ったその声も何のやら、チョウランは外に飛び出した。その時に間髪を入
れずにすばらしい大きい雷が鳴った。そのためにチョウランは気絶してしまった。
ほうしてチョウランが夢幻で気を失っているうちに、また夕べの白髭のおじいさ
んが枕辺に立って、
「チョウラン、お前は何というやさしい娘だ。お前は自分が殺されるということ
わかって、そいつの友づれにお母さんがなりはしないかというので、お前は一人
で外へ飛び出した。その心持に免じて、お前の罪は許す」
 といったかと思うと、チョウランはふと目がさめた。目がさめてみると、チョ
ウランは桑畑の中に倒れて、そうしてその桑の葉っぱのしずくがチョウランのか
わいい口の中にポツリンポツリンと落ちておった。んでチョウランは目をさまし
て、家に帰ってきた。おかぁさんは狂気のようになって捜していたげんども、チョ
ウランは帰って来たのを見て、大そう喜び、また二人は仕合せに長く暮したど。
それで〈クワバラ、クワバラ〉というのは、桑原におってこのしずくのために気
を失ったチョウランがまた人ごころがついた。そんなところから、〈クワバラ、ク
ワバラ〉という語ができたのだ。
>>むかしあったけど 目次へ