蛇と娘(蛇聟)

 むかしあったけど。
 あるところになぁ、おじいさんとおばぁさんといだっけど。そうしてなぁ、春
子さんという可愛い子どももいで、三人で水いらずの、楽しい、そして仕合せに
暮らしていだっけど。かわいくてかわいくて、春子さんば大事に大事に育ててき
たんだけど。春子さんもまた風邪もひかねで大きくなってよ、今では年も十八才、
美しい娘さんになったど。そうして、「おばぁさん、おじいさん」と、孝行なやさ
しい女の子になっていたど。そうしているうちに、ふとしたことから熱を出して
春子さんは寝込んでしまったど。おじいさんもおばあさんも大そう心配してよ
はぁ、かわるがわる一生けんめいに介抱したど。そのために熱だけは下がった。
んだげんども、それからは何となく春子さんも元気がなくなってよ、さびしげな
顔をしているようになったど。
 そうして前のように食欲もなく美しい体もだんだんやせてよはぁ、細々となる
ばかりで顔の血の色もだんだんよくなくなるばっかりだったど。おじいさんもお
ばぁさんも、ひとかたならず心配して神さまや仏さまにお詣りしたり、医者から
はええ薬をもらって来たりして、うまいもの買ってきて食べさせたりして、いろ
いろに介抱してみたど。
 そうしているうちに、ある日、おじいさんは山の仕事のためによ、山奥の方ま
で出かけて仕事をしておると、にわか雨に会ったど。おじいさんは仕方なしにそ
こらにある洞穴に入って休んでいたど。そうしてなぁ、いるうちにその岩穴の奥
の方からひそひそと話声がして来た。おじいさんの入っていたその奥ずっと深い
穴があったわけだな。
「その穴の奥に誰かがいだんだなぁ、こりゃ」
 と思って、聞くずもなく聞いでいっど、その話はどうも意外なお話で、誰か二
人で話しをしている様子で、だんだん聞いているうちに、どうやら家の春子のこ
とのように思われるんだど。そうしてなぁ、その話の主は、
「実は夜になっど、春子さんのどこに忍び寄って、八匹の蛇の子を宿してしまっ
た。ほだげんども、人間さまは、なかなか利巧なもんで、もしその春子さんのお
腹の中に蛇の子が入ったということが分かれば、かならず菖蒲の湯さ入っこで。
いや、そうされっど実はその蛇の子も死んでしまう」
 聞くともなく聞いでいっど、そんなことのようだと。
「いや、これは大変だ、とんだ話を聞いたもんだ」
 と、おじいさんは驚いてしまって、「これは大へんだ」というので、岩穴の話声
の主は、この山の、確か主である蛇に相違ないと思った。そうしてこっそり気付
かれぬように、穴を逃がれて家さ帰って来たど。そうしてよ、おばぁさんにその
話をして、相談して、春子をとにかく菖蒲の湯さ入れた方ええではないか。して
さっそくおじいさんは、川のほとりさ行って、菖蒲を探して取って、風呂に入れ
て菖蒲湯をわかして、そしてまず、おじいさんが入った。
「ああ、これはええ、この湯はええ、香りもええし、とても温ったまる、気持も
ええし、これはええ湯だ。菖蒲湯ていうのもええもんだ。おばぁさん、お前も。
春子も入れよ」
 て言うたど。そうして、その次におばぁさんが入り、それから春子をすすめて
入れた。そうして次の日もまたその次の日も、みんなで菖蒲湯に入っているうち
に、春子さんは、お腹の中の蛇は死んだものか、だんだん顔色もよくなって日ま
しに晴れやかになって、元の通りの元気な美しい、かわいい娘になったど。今で
も五月の節句には菖蒲とヨモギの風呂に入れて、みんな入るのも、丈夫な体で、
悪魔を払って、という風習が残っているど。とーびんと。
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