18 お吉とお花

 むかしむかし、あるところにな、継母がいだったけど。そこの家にお吉という 二十才ばりの娘さんがいだったのよ。その娘は死んだ先妻の子どもだけてな。そ してその次にお花ていう十八才ばりなる娘は、そいつは今の継母の一人娘だど。
 ところでお吉という先(せん)の母の子どもは、今日も朝げ早くから一生懸命野良仕事 をしてるど。お掃除やら洗濯やら、便所掃除まで一生懸命やる娘だったてな。
 そしてお花の方は朝飯の出る頃、寝坊むすめで、やっとおっかに起きろ、起き ろと言わっで起きて、そして渋々起きたかと思うと、飯(まんま)食うにも何にも、うまく ないもんで、勝手なもんで、いぶし食ってる(ぶつぶついってる)娘だけど。
 そしてるうちに、村にお祭りがあったごんなんだな。そして今日はお祭りだか らてな、お吉ていう姉さんに友だちが来て、
「お祭りだから見にあえべ」
 の、何だのて、いろいろすすめることなんだな。そうすっどお吉は、
「これからお掃除もしなくてなんねし、お洗濯もしなくてなんねぇし、お便所掃 除までして行かんなねごんだから、お前ださ待たせてお祭り見らんねぐなったな んて言うど悪(わ)れがら、お前だ、おれどこ待たないで構わず行っておくやい」
 こういうわけだったど。
 そうしているうちに、妹のお花が言うことには、
「おっか、おっか、今日はお祭りだから、新しい衣裳出したり、帯しめて呉(け)だり、 草履の新しいな、出して履いて行かんなねから」
 ていうど、おっかは新しい衣裳着せたり、帯をしめたり、草履の新しいのさ、 小づかいたくさんあずけてやったどこなんだな。そしてお祭りを見てきて、ピッ ピー、ガラガラいっぱい買ってきて、そしてお祭りなどには行かね方がええがっ たぜはぁなて…。ほうしている片一方の姉には、おっかが言うことには、
「われ、何してそんなにいつまでも、そうしてモソモソているんだ」
 そん時は、お吉は一生懸命で便所掃除しったけど。
「そういう時はもっと早く起きて、お祭り見に、みんな見に行くように行ぐごん だ。みんななの、お祭り終(おや)して帰り足になったぞはぁ」
 そうすっど、お吉が言うには、
「いやいや、おれ、これから早く起きて、仕事して行くようにするし、おれは悪 かったから、これから一生懸命になってすっから」
 て、おっかさんにお詫びするだけだったてな。
 ところで、そのお吉が草刈りに出て行くことになったってな。そして草刈りに 出て行って、まず一背負い背負って、帰り足に沼を通りかかって来るときにな、 沼の水が青々としたのを眺め眺め来たところが、その沼の水色が急に赤くなって しまったな、
「何だべ」
 と思っているうちに、一匹の大蛇が現われて、
「おれは、お前が一つになっどき、死んだお前の母親なんだ。お前が大きくなっ たこと、いや、いまこうしてお前に会ってみっど、なつかしくてうれしくて仕様 ないんだ。しかし、よく今そのつらいことばりなんだ。そのつらいことをよくよ く我慢、辛抱してくれるなら、そして我慢と辛抱というものは、人間の仕合せに つながるもんだから、もう少しの我慢だぞなぁ」
 こういうたかと思うと、大蛇の姿は消えてしまったど。
 そしてお吉は、
「あら、不思議なごんだったなぁ」
 という夢がさめたような様子のとき、そん時、
「あら、おれの本当のおっかさんが今言ったことだか」
 こういう風に考えて、
「おっかさんよ、今言われたことがよくよく身にしみっから、これからもどんな 辛抱も我慢します」
 といってるうちに、だんだんに冬が近づいてきたんだな。そしてるうちに、辺 り一面銀世界になって真白い世界になった時、お殿さまの嫁さまをもらわんなね ていうお話になったど。そんで家来の者に、
「お嫁を探して来いと、お嫁というものは第一に気持ちのええもの、その次には 体の丈夫なもの、あるいは読み書き計算の達者なもの、顔付きのええもの、人つ き合いのええものとか、書かせても読ませても、とどこおりない者を探してこい」
 と、こういういろいろな要件を与えらっで殿さまの家来は嫁探しに行ったわけ だもなぁ。そして町場の方にでもええな居たらばと町場をずうっと一週間経(た)ち、 十日経ちして、お嫁探しをしたどこだげんども、町場にはそうしたお嫁さんは見 当らねがったど。
 そうしているうちに、二十日過ぎてしまったわけだ。二十日経っても町場に見 当らね時には、仕方ないから百姓屋さでも行かんなねと、今度は百姓屋さ行って 一軒一軒、あっちの娘、こっちの娘と探(さが)ねだげんども、どうもお殿さまのお嫁さ んに適した者が見つかんねくて、そのうちに三十日もなるどこなもんだから、三 十日経ってもお前がお殿さまの嫁さま見付けらんね時、お前に悪いごんだげんど も腹切ってもらわんなね。そういうお達しを受けて、家来は百姓屋に一軒一軒、 残りなく探(さが)ね廻って、今日が三十日の日なんだ。今日に嫁さま見当ることができ ないとすっど、おれは首を渡さんなね。
 その日、朝は冬の日であったげんど、ポカポカていう温かい、ええ天気の時、 神さまも仏さまも、
「今日限り、お嫁さまを見付けることができなければ、おれ、命なくなっどこだ から、どうか今日限りの命を救ってくれるように、何とかお守りしておくやい」
 と念じて、そしてまた百姓屋さ、また行ったところが、ある一軒の百姓屋さ尋 ねて行ったのは、お昼すぎだった。お天気もええもんだから、その家では干しも のしてな、おっかが、干しものを物干し竿からはずしていたどこさ、家来がぶっ つかったてよ。
 そうすっど、そのおっかに、
「実は、おっかさ、お殿さまからお嫁さまを探してこいと言わっで、毎日毎日、 今日さ三十日になっどこだ。んだげんどもお嫁さまを探したんだげんど、なかな か見当んね。この辺にそういう嫁さまになられそうな、いねべか」
 と、こういうこと聞いたどこなんだな。ところがその継母が言うには、
「ああ、さぁさぁ、この人がおら家のお花をお嫁さんにもらいたいということで 来たんだべ」
 と思って、
「うちには十八才になるお花という娘いたんだが、どうか寄っておくやい」
 て、家さ案内して侍さんに寄ってもらったわけなんだな。したところがお花に は、着物のきれいな仕度をさせて、お侍さまが居(い)やったところの上座の方さいて、 御挨拶をさせた。そしてこんどは、
「お湯をわかせ、茶道具をもってこい」
 て、お吉にいったど。お吉は一生懸命になって、お湯をわかして茶道具を運ん できた。その動作を見っじど、きれいさっぱりしたお茶道具やお茶菓子をもって きたのを見っじど、侍の眼(まなぐ)は、いま茶道具を取り運んだ娘に、一目、眼 (まなぐ)光った わけだ。そして、その娘は下座さ、静かに頭を下げて挨拶する様子は、
「この娘こそは、お殿さまの嫁だ」
 と思い込んだ。
 ところで、その継母に聞いたところなんだな、
「茶道具をもってきた娘は、うちの女中さんでいやったが。女中さんでいやった ならば、どちらさまから来ていやる方だか教えておくやんねが」
 と、こう侍がおかぁさんさお尋ねしたところが、おっかさんは嘘も言わんねで、
「いや、実は、かいつはうちの娘なんだ」
「そうか、お殿さまからの命令で、お嫁さまを探してこいて言われて来たのだが、 明日、篭二丁仕立ててよこすから、その二丁の篭さ、うちの娘さん二人のせて、 城さよこしてもらいたい」
 そうしたところが、そうかというわけで、明くる朝、二丁の篭が百姓屋さ届い たわけなんだ。そうすっど、継母は自分の娘のお花には新しい着物、帯、白足袋 まで一切そろえて全部出したど。姉のお吉には常着にしったの、そのままでええ から、そんでまず行って来いていうわけで、立派な篭に、姉と妹をのせて、お城 さ届くと、お城の方はきれいに掃き清められておって、門が開いておって、門の 向うの方を眺めっど、後光がさすようなきれいなどこだど。そして早速篭からお 殿さまの前さ呼び出さっで、お殿さまの言うことには、
「今日は御苦労だった。お前たちもこの家来から話は聞いっだべげんど、お嫁を 迎えるにあたって、二人を来てもらったわけだが、とにかく一人一人の紙を出す から、この紙さ歌をしたためてもらいたい」
 こういうことで、姉にも一通、妹にも一通、紙を渡したどこだ。そうしたとこ ろが、姉は出さっだ紙さ、うやうやしくいただいて、したためたわけだ。そして 静かにお殿さまの前さ差し出したど。妹はそんどき、何を書いたらええんだかと 思っていたわけだ。んだげんども、ちょっと考えつけらんねもんだから、
「お便所、お借りしたいから」て。
「ほんじゃ案内する」
 ていうわけで、便所を案内させて、用達して帰ってくると、味付けたもんだか ら、書いたど。そしてこいつもお殿さまの前さ差出したど。
「姉妹の書いた文句をこれから読むから」
 て、読み上げたところが、姉の書いた文句はこうであったど。
    番皿や 八皿や 皿十山に雪降りて
     雪を根として育つ松こそ めでたかりける
「これはみごとだ。あっぱれな文句だ。これこそはうちのお嫁さんには、そっく りなもんだ」
 そしてこんどは妹さんの書いた歌をよみくだしたところが、妹は便所に行って 考えたことは、昨日の糞はガンガンと凍みっだったど。今朝の方の糞は温かいも んだから、息がホヤホヤだったどな。そんで、
    ゆんべたれた糞はがんがん
     今朝たれた糞は息がほやほや
 こういう歌を書いたところが、
「よし分かった。妹さんには帰ってもらわんなね」
 て、早速篭を仕立てて、こんど妹を帰らせたど。そして姉の方はそのままお城 に泊って、
「お殿さまのお嫁さまはお前だ」
 というわけで、妹の方は家に帰ったそうだ。そうすっど家には継母が、お花の 帰るのばっかり待っていたわけだ。そうすっどお花が来っじどおっかちゃどさ、 じやみる(ふくれっ顔(つら)をする)わけだ。
「姉ちゃばりええごんだごで、おらは家さ帰れなて言わっだし、んだげんども、 おっかちゃ、おら泣いたりしねがら、これからソリ出して、そこらのせて引張っ て呉ろ」
 て言わっで、そうすっど継母は自分の子どもにせがまっで、そこらさあるソリ を出して、
「こいつさのるほかないべ」て言うわけで、
「ほんじゃ、のっから、おっか、引張れ」
 ていうので、引っぱっていたところが、
「ほげなごんで、ぬるくてわかんね、いまとせっせと引っばれ」
 て言うわけで、一生懸命おっかを追(ぼ)ったくって、ソリさのってたどころええげ んども、その脇に流れの早い川あった。その川のどこさソリが誤って入ってしまっ て、お花は川さ流っでしまったど。どーびんとん、さんすけ山さ火ぁついて、か んすけ山で火ぁ消した。
(斎藤捷太郎)
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