10 笠地蔵

 むかしあったけど。
 あるところに、大変正直なおじいさんとおばぁさん、暮してござったど。
 そこは山の中なもんだから、おじいさんは山のワラビだの、ゼンマイだの、そ んなもの採って、そうして町さ売って、細々と暮していたなだけど。
 ある時、わずかばかりの干物をもって、おじいさんが町さ出かけた。そうして まず丁度お年とりの近くになったもんだから、お魚だの、それからいろいろ正月 の御馳走など少しばり買って帰んべと思ったところが、何だか空模様があやしく なって、ポツリポツリと雨が降って来た。
「いや、こんじゃ、おれは帰り道もそう近くもないんだし、何か雨具の一つも買っ て行くべ」
 て思って財布を見たところが、ほんの少しばかり、小銭が残っていたど。
 んで、おじいさんはその小銭を全部はたいて、そうして蓑帽子を一枚買ったど。
そしてそれをかぶって家さ帰り足になった。そしてだんだんと来て、村境まで来 たところが、そこにお地蔵さま立ってござったど。だんだん雨も本降りになって 来て、地蔵さまが頭からびしょぬれになって立ってござった。おじいさんは地蔵 さまを大変信仰してござったもんだから、
「いや、これではもったいない」
 その本降りの雨の中ではあっけんども、おじいさんはその蓑帽子を脱いでお地 蔵さまさ着せ申した。ほうして自分が雨にぬれながら、家さ帰ってきた。
「ばぁさん、いま来た」
「ああ、帰ってござったか、大変だったな。あららら、なえだまず、そがえにぬっ で、じじちゃん」
「ほだず」
「なして、そがえ…。何か傘とか何か買って来たらええがったべした」
「いや、ばばよ、実はこれこれだ。買って来た蓑帽子だげんど、地蔵さまさ着せ 申しておれは帰ったどこだ」
「おやおや、それはええごどしやった。そうだったか、早く家さ入って、そのぬっ だ着物を脱がっしゃい」
 ほうしておばぁさんが火を焚いて、おじいさんを温めて、別の着物と仕換えて もらったど。して、その晩はまず粗相なまかないで晩飯をすごして、じいさんと ばぁさんは間もなく休んだど。そうして真夜中になったところが、何か異様な物 音がしてきた。
 しかも、その物音がだんだんと手前の方に聞えるようになった。よっく聞くど、
「じじ家(え)どこだ、ばば家(え)どこだ」
「なんだべ、こ、じじ家どこだ、ばば家どこだって言うてる」
 こんど、すぐ傍さ来て、「じじ家どこだ、ばば家どこだ、ああ、ここだ、ここだ」
て、言う音したかと思うど、グラッと戸の口の戸が開いたような音がして、ドス ンと何か置いたようなひびきがした。
「はて、おかしいこと、何だこりゃ、何だべ」
 て思って、おそるおそる出て見たところが、何か包みものが置いてある。中を ほどいてみたところが、米だの味噌だの、お魚だのが入っていた。
「はぁ、これは何だ。おじいさん。ほんじゃ、さっきのお地蔵さまの御利益でな いべか」
 て、おばぁさんが言うもんだから、おじいさんは夜明けっど、村境の地蔵さま のどこさ行ってみたところが、ちゃんとお地蔵さまはいつもの通り立ってござっ て、蓑帽子をかぶってござった。
「ああ、こりゃありがたいもんだ。お地蔵さまのおかげだ」
 て思って、まず手を合せてお礼をいって帰った。それからおじいさんとおばぁ さんは仕合せに一生終えることができたど。とーびんと。
>>かっぱの硯 目次へ