8 角力とりときつね 

 むかし、九平という若者いだったど。こいつぁなかなか体格もええくて、力も あって、よくお祭りの村角力さなど出て行って、そして勝って、褒美もらって帰 るという男だったど。
 ある時、九平は、隣の村のお祭りさ出かけて行って、そこで角力をとって、やっ ぱり優勝して、そして御褒美をもらって、そん時は大変にみんなに賞めらっで、
「一杯飲んで行ぐどええごで」
 なて、それから酒など御馳走になって、それから夜遅く、フラリフラリて、ほ ろ酔いになって、大変ええ気持で帰って来た。ほうして野原の真中まで来たとこ ろぁ、ひょっこりとそこさ、見たこともないような若者が立ってだ。ほうして、
「九平、九平、おれと角力すねが」
 て言うごんだど。九平は、
「はてな、こげなどこに、こげな若者いたべか」
 て、よく考えてみっけんども、なかなか思いつかね。
「いや、こりゃひょっとすっど、何か何だぞ」
 て、こういう九平は勘ぐりしたど。そうして、
「あまりええがんべ、角力すんべ、その代り、只(ただ)はさんね。おれは今日、こっち のお祭りさ行って、この通り御褒美もらって来た。こいつを賭ける。お前は、ほ んじゃ、何賭ける」
 こうやって見た。
「ああ、そうか、いや、九平、実はおれ何も持たね」
「何も持たねでは角力になんね。何(なえ)でもええから一番大事なもの賭けろ」
「いや、そう言われっど、実は宝生の玉もってだ」
「よし、ほんじゃ、その宝生の玉賭けろ。お前負けたときは、おれはその宝生の 玉もらう。おれぁ負けたときは、おれぁもらってきた褒美みなやっから」
 そこでよかろうというわけで、こんど角力になったど。んで、九平は着物脱い で、シコを踏んでかまえた。そして気合いを入っで両方立ち上がって、そうして 四つにとっくんだ。とっくんだところが九平もなかなか心配になった。
 なんぼ、なじょしても動かね、押しても動かねし、また脇さも動かね。
「いや、悪くすっど、おれ負ける、こりゃ」
 心配になった。
「んだげんど、こがえに強いな、ここらにいたべか」
 そこでちょっと九平も考えた。
「ははぁ、さっき、おれも妙な勘ぐりをしたげんども、こりゃ当たりだぞ。前さ 押してもびくともしねぇな、こりゃ狐のしわざだ。ちくしょう、うしろの尻尾で ふんばってきずがんのだ」
 そりゃ、こう、九平は思った。「よし、読めた」というわけで、九平はいろいろ 揉み方して、そっちゃやり、こっちゃやりして揉んでいた。そうして隙を見て、 ぐっと前さ引いた。そうしたところは、その男はあっけなく前さのめってしまっ た。そうして九平の勝となった。そうすっど九平は、
「さぁ、悪れげんど、おれぁ勝った。さっきのその約束通り、宝生の玉もらって 行んから、出してもらいたい」
 て、はぁ、その相手の若者は仕方なくて、しぶしぶその宝生の玉出したど。そ れで九平はその宝生の玉を持って、さっきもらった御褒美と共に持(たが)って家さ帰っ て来たど。その日はそれで終ったげんども、それから二・三日経(た)って、夜中になっ たら、九平の寝てる寝床の雨戸のかげさ誰か来た。
「九平、宝生の玉よこせ、宝生の玉よこせ」
 九平は、
「ああ、来たでこ」
 て思ったげんども、すぐにはやる気はなかったし、九平も黙っていた。
 その次の晩げも、その次の晩げも来て同じこと言うど。
「何だ、こりゃ」
 て思って、九平はそっとその窓の孔から見たところが、きつねは尻尾を雨戸の 腰板さこすりつけっど、「九平、宝生の玉よこせ」と聞こえんのだど。
「やぁ、こんではたまったもんでない。毎晩げ、これやられたら、おれもはぁ、 お手上げだ」
 と、九平は、
「あまりええ、たしかにお前の大事なもんだべから、返す。明日の明け方に、う しろの堀の芋の葉さ、その品物のせて流してやっから、そいつをお前もって行け ば、ええごでの」
 こういう風に約束して、次の朝暗いうちに用意しった芋の葉さ玉をのせて流し てやった。そしてこんど夜明けてから見たら、芋の葉はあっけんども、玉はない がった。その次の晩から、そういうものは来なぐなったど。とーびんと。
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