60 安達が原の鬼婆

 むかしむかし、都の方の偉い人から密命うけて、お殿さまが腹弱い、常にいろいろなもの食っては当った。ほら、腹痛くするていうては困ってだった。ところがそれさ腹の中さ入った子どもの生き肝、かいつ飲ませれば、殿の腹の病気はたちどころに治るていうことを聞いて、ほして密命をきいて、奥州の国さある産婆が、はいつ採りに来るわけだど。
 ほうして機会伺っていたげんともほの機会にめぐまんねで、ずらっと何年となく暮したんだどはぁ。ほうしたれば、ある晩、ほこの一軒屋さ来て、とんとんと戸叩く、ちょっとのぞって見たれば、若い夫婦だった。ほしてほの若夫婦の奥さんの方が臨月、もう少しで子ども()すような格好していだ。
「はぁ、いよいよ時期到来」
 と、ぴいんと感じたほの産婆さんが、
「まず、上がらっしゃい」
 ていうわけであげた。ほしていろいろ四方山話していで、何とかして、この奥さんの腹の中の子ども取り出して、生き肝とんなねと思って、ほして一策を案じた。
「いや、腹大きい人ざぁ、水のみだいもんだから、今夜、三人して飲む水ないから、谷間さ、どうか、三人使うだけ、汲み行ってもらわんねべか」
 て、その亭主ば水汲みにやって、間もなく短刀を、腹大きい奥さんさ、ぶっ立てて、ほして殺しにかかったわけだ。ところがほの奥さんの方が言うには、
「あなた、もしかしたら、わたしの母親でないか、今を去ること、十何年前、わたしが五つん時、密命受けて、みちのくの方さ行ったていうこと聞いて、旦那と二人で、一目会いたくて尋ねて来たんだ。母親に殺されるおれはくやしくないげんども、きっとあなた、おれの母親でないか」
 て、娘に()っで、どきっと産婆がして、「ああ、娘殺してしまった」と思ったげんども、仕方なくて、ほして、その前は忠義一途な産婆であり、女であったげんども、それからていうものは一転して、悪女になって、人を殺したり人のものを盗ったりする鬼婆になったんだげどはぁ。んだから安達が原の鬼婆ていうな、元々悪れ人ではなかったって。元は殿さまの密命受けて、ほして殿さまの薬とりに来たんだって、はいつそういうことがあってから一転して悪女になって鬼婆になったんだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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