30 平林

 むかしむかし、江戸にうすのろな徒弟(でっち)さんいだったど。旦那さんから、
「ええか、この手紙、ここの家さ持って行くんだぞ」
 て、宛名書いでけたど。ほの宛名なんて書いたていうど、平林と書いで、
「ここさ持って行げな」
 て教えらっだ。
「ええか、平林(ひらばやし)ていうんだぞ、ええか()せんなよ」
「はい、平林、はい平林、わかりました」
 て出かけて行った。途中まで行ったらば、ある人が雑魚釣りしったっけ。ほこさつっとまって見っだ。
「おお、舐めだ、舐めだ。食った」
「こら、小僧、へらへら言うな。まだ食ったでなくて、匂いかいだんだ」
 いや、雑魚釣りと来てからはぁ、その徒弟は面白くて面白くて、ほこ離れらんね。 「ほんで何釣れるんだい」
「鮒、鯉、鯉なの一尺五寸もあるような釣る」
 て言うた。
「はぁ」
 まずはほこで雑魚釣りさ、からぐて(からかって)はぁ、平林ぁとんと忘せだはぁ。
「ああ、いけねぇ、おれ、今からお使いに行かんなねんだった」
 て言うわけで、ほっからワッショワッショて走って江戸の町まで行ったわけだ。ほして、
「はて、()えて言うがった。一尺五寸でない、鮒でないし、鯉でないし、聞いてみるに越したことない」
 て言うわけで、
「ちょっとお尋ねします。この宛名ですけども、こりゃ、()えて読むなだべっす」
 て聞いた。見っだけぁ、
「こりゃ、ヒラリンさんだな」
「ヒラリン、ちょえっとおかしいな、ヒラリンさんの家どこだけべっす、ヒラリンさん」
 なんぼ言うて歩ってもわかんね。
「ヒラリンて言ねがったな」
 別な人に聞いてみたれば、
「ああ、ヘイリンだ」
 て言うた。
「ヘイリン、ヘイリンさん」
 なんぼ言うてもわからね。また別な人に聞いてみたれば、
「なんだこりゃ、イチハチジュウノヘイキキだべ」
「ははぁ、ほだごども()ねがったなぁ」
 また別の人に聞いだれば、
「はぁ、ほんね、ほんね、これはヘイキキなていうのではない、これはイチハチジュウノボクボクって読むんだ」
 ほして、ほの人はさっきから教えらっだな、
「ヒラバヤシさんか、ヘイリンさんか、イチハチジュウノボクボク」
 て、何かの売り声みたいして行ったげんど、とうとう探しあぐねでしまったど。んだからお使いざぁ、しっかりすんなねもんだて、昔の人は言うたもんだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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