83 村正と正宗

 むかしむかし、刀匠の村正と正宗ていうな居だった。どっちも「おれが日本一だ」て、ゆずらねがったど。
 ほんで、正宗ていう人は、なんぼしても師匠が秘伝を許さね。湯加減、水加減許さね。何とか一つ、かいつ憶えて()ましょうて、鍛えるふりして、そのお湯さちょぇっと手突込んだ。突込むより早く、師匠にばっさり腕やらっで、〈てんぼう正宗〉て、片手不自由だった。んだげんども、すでにぴーんと頭さ伝わって、湯加減、水加減がわかってしまって、師匠の奥義を盗みとったわけだけど。ほして殿さまが、どっち上手だかていうわけで、どっち切れっかていうわけで、試し切りをやった。ところがやる方法として、大きい川さ春になって水増しになって来っど、モグダよ木よ、ほら何よて、いろいろなもの流っでくる。そこさ刀を立てて、そろりそろりと何でも切っで行った方がええがんべて、相談一決して、そうして春の水増しになったとき、川さ正宗の名刀と村正の名刀を()わえつけた。
 ところが村正の方は太い材木きても二つにソリ。ほらモクダもソリソリとみな切れる。
「いや、すばらしいもんだ、村正は切れる」
 ところが正宗の方が、傍さ来っど、すいっとよけ、また太っとい材木、
「ありゃりゃ、あいつぶっつかって、切んねんであんまいし」
 と思うど、すいっとよけで行き、すいっとよけて行きしたったど。
 したれば殿さま、始めて言うたど。
「世の中、切れるばり能でない。なんぼ刀だて、切らねでおさまったに越したことない」
 ていうわけで、正宗の名刀が日本一だていうことになったけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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