117 嫁の歯

 むかしむかし、好き合った若者と女がいだった。ところが、むかしは家と家との結婚なもんだから、どうしても家が釣合わねということで一緒になれなかった。愛しておっても、昔は父母の言うこと聞かんなねくて、仲々縁談ていうものは整(ととの)わねがった。んでもどうしても二人は一緒になりたい。何とかええ工面ないべか。
 ところが、その女の方に縁談が持ち上がって、式の取決めも出来て、ほして、両家で結婚式の段取りになった。で、男の方は何とかして、これを破談にしたいもんだて、ほして一緒になる工夫はないかといろいろ考えた。ええ考えがない。村一の智恵者といわれる徳兵衛さんのところさ相談に行った。
「うん、そうか。それは気の毒な話だ。たった一つええ考えがある。それはな、こういう噂を流すんだ。女の方さ行っては、『いやいや、お前の御主人になる人は何でも道陸神さま大きくて、ちょうど餅搗く杵くらいあんなだど。こういうもっぱらの噂だ。まず、あいつぶら下ったから、ようやく立っていっけんども、あいつなの切ったんだら、後さひっくり返って行くまなぁ』ていう話するんだ。そしてこんど男の方さ行く、『あそこの娘はなぁ、あんなきれいな、やさしい顔してっけんども、いや股間の繁みに牙あんなだどえ、なぁ、不用意にひょこっと突き出してなのやったんだら、その牙でざっくり刺されるていう話だな』こういう風に言え」
 て、徳兵衛さんが教えた。して、まずそれを何らかの形で両方さ教えたわけだ。噂が噂をよんで、
「うわぁ、面白いこともあるもんだ、本当だべか」
 村中の話になって、
「いや、んだそうだ。あついは大きいぞ、普通で一升スズ下げたくらいあるんだから、そいつ気合い掛かって来たら、杵ぐらいなんべなぁ」
 て話になった。
「いや、牙ある、その牙、猪の牙と一つでソリソリ切れるんだそうだ。何でもスパスパもげる。これぁ面白いべねぇ、その結婚式は…」
 こういう風な村中の話になった。それでいよいよもって吉日を選んで三々九度の盃もめでたく終って、いよいよ床入りの段となった。男は考えた。
「まず、あそこは一本しかない。足だら二本あっから、少しぐらい傷つけらっでも大丈夫だべ」
 と思って、膝突出すことにした。女の方も、
「餅搗く杵みたいなでストンとやらっだんでは、元も子もないから」
 爪でちょっと押えでみんべと思って考えっだ。いよいよ夫婦のちぎりの段になったとき、その男がいきなり膝を出してやった。女の方はいきなり爪を受け止めた。
「ああ、やっぱり餅搗く杵くらいあった」
 て、女は感じたし、その男は爪で押えらっだもんだから、やっぱり牙あったていうわけで、その晩のうちに破談になってしまった。ほして愛していた二人が、何なくめでたく結婚したていう、昔とんとん。どんぴんからりん、すっからりん。
(嫁の歯375)
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