116 鉢かつぎ姫

 むかしむかし、鉢かつぎ姫ていう昔とんとんでございます。
]  むかしむかし、あるところにえらいお殿さまがいだんだけど。位も高いし、お金も宝物もたくさんあって、唄を作ったりしながら静かに暮していだんだけど。して、その殿さまと奥方の間に十三才になるお姫さまがいだんだけど。んで、そのお姫さまも何不自由なく楽々と暮していだんだけど。
 あるとき、おかちゃんが風邪が元ではぁ、何だか段々(だんだえ)悪くなって、そして起き上らんねぐなったんだどはぁ。そしてお姫さまば枕元さ呼ばって、
「もう少しでお前も嫁入りだげんど、嫁入り姿も見らんねなぁ」
 傍にあった手箱からお姫さまさ、いろいろなもの入った重たいものば頭さあげて、して、はいつさ押っつけるようにして、黒い木の鉢かぶせたんだど。ほして、
「いつまでも、いつまでも元気でいで呉(け)ろなぁ」
 て言うて、おかちゃん死んでしまったんだどはぁ。ところがその鉢は引張っても抜けなくなってしまったんだどはぁ。ほして何としても取んね。
「困ったごんだ」
 て、おかちゃんが逝くなったもんだから、殿さまが後添えもらったんだど。その後添えさ子ども生まっでしまった。ところがその、後おかちゃんが心のあんまりきれいな人でないがった。いろいろなことして、その鉢かつぎ姫ばいじめた。で、そのお姫さまがお墓さ行って、
「おれ、どうしたらええべ。新しいおかちゃんがいじわるだし、体さこだな鉢かぶってるし、生きてるの嫌(や)んだくなったからはぁ、早く天国でおかちゃんと一緒に暮すべはぁ」
 て、大声あげて泣いだんだど。ほうしたれば、はいつ継母(ままかか)見っだけぁ、お殿さまさつげ口したんだど。
「この子は死んだおかちゃんのお墓さ行ってあなたやわたしや生れてきた子どもの悪口をうんと言った。こだな子ども、家さ置いておくわけに行かねでないか」
 て、お殿さまさ言うたんだど。そうしたれば男なて言うな馬鹿なもんだ。その継母のいうこと本気して、お姫さまば門の外さ突出してやったんだどはぁ。そして突出さっだお姫さまは泣きながら、きれいな故郷後にして、そしてずうっと行ったらば、川あるんだけど。
「ここさでも入って死んでしまって、おかあさんどこさ行くべはぁ」
 て、そこさザンブリと飛び込んだんだど。ところが頭さかぶった鉢が浮きて、体が沈まねんだど。ほこさ、船頭さんが通りかかったんだど。
「何だ、変なもの落っで来たぞ」
 したけぁ、いきなり引上げてみたれば、ぶったまげだんだど。鉢の下から女の子が出て来たわけだ。
「いや、こいつは化物だかもしんない」
 て、はいつ、また岸の方さぶっ飛ばしたんだど。バェーンと。ほしてお姫さまようやく上がって、
「ああ、死ぬこどもさんね」
 て、しくしく泣いっだんだど。したれば村の人いっぱい来て、何だか頭が鉢で体が人間、化物みたいな、あそこら歩いていっどなて、評判になったんだど。
「鉢かついだみたいにしてるから、あいつ鉢かつぎ姫でないか、鉢かつぎ姫て呼ぶべ」
 て、がやがやていたんだけど。そしてこの町にも大きな門構えた立派な屋敷があって、やっぱり殿さまが住んでいだんだけど。そしてそこんどこで泣いっだれば、
「おかしいものいたけから連(せ)て来た」
 て、家来が連(せ)て来たんだど。殿さまがその姿見っだけぁ、やさしい殿さまなもんだから、
「なしてお前、ほだなものかぶって歩いでいんなだか」
 て聞いだんだど。ほうしたればこういうわけで、
「おれは、お母さまが逝くなっどき、このような鉢かぶせらっだ。どうしても取んねんだ。片端者扱いさっでいるんだ。ほして継母にいじめらっで死ぬべと思ったげんども、死なんねくてだ。そしてここさ辿りついだんだ」
 したれば、
「んだらば可哀そうだ。その鉢、みんなして取って呉る」
 て、引張ってみたんだど。なんぼ引張っても取んねんだど。殿さま、ますますむつこぐなったんだど。
「ほだな格好で、ほこら歩いっだて仕様ないべから、どうだ、おらえの家で御飯炊きでもして暮さねか」
 親切に言うてけだんだど。ほして殿さまの家さ住み込むことになったんだど。朝暗いうち起きて、せっせと働いて、また暗くなるまで働いたんだど。ほうしてみんなから、片端者だの、何だのて言(や)っだて気にすねで、そこらから枯木集めて来たり、水を汲んで、苦しいげんども毎日頑張った。ところが下の男の子が一番やさしくて、ほして顔型も立派なんだけど。お兄さん三人には、もう奥さんがいたんだけど。ほして一番下の弟さんが勉強好きで、ほして頑張り屋で、夜いつまでも勉強してるんだけど。ある晩、若様が鉢かつぎ姫ば呼ばて、
「すまないげんど、お前風呂焚いで呉ねが、風呂わかして呉ろ」
 て言わっで、風呂わかして、ほして若様の背中流したんだど。ほだいしてるうちに、自分が若いとき、こういう風に人からも可愛がらっで大事に育てらっだが、今、人の背中洗わんなね運命になったと思って、情なくなって涙とめどなくこぼっで来たんだど。若様、はいつちらっと見っだけぁ、
「何の涙だべ、可哀そうだなぁ」
 て思って…。ほだいして背中洗っているうちに、黒く荒れた手が汚れが落っで、真白い肌がのぞき出したんだけど。はいつでハッと驚いたんだど。
「はぁ、手足の美しい、ほして声も玉転がすような声だ。方々いろいろな人見たげんど、こんなに手のきれいな見たことない」
 ほだいしているうちに、一番下の若様が何となく鉢かつぎ姫ば好きになってしまったんだどはぁ。ほして鉢かつぎ姫さ、クシ、なぐさめるために女の一番大事なクシ呉(け)たんだど。そして二人の心が交(か)よいあって、若様は大事にして、一生けんめい鉢かつぎ姫が若様さ仕えだんだけど。ほうしているうち、二人の態度があんまり積極的なので、その話、屋敷中さ広まって父君、母君さ聞えてしまったんだど。ほうしたれば若様ば呼びつけて、
「あのような身分の低い女と、あまり親しくしね方ええでないか」
 て注意さっだんだど。んだげんど若様「いやいや、ほんない」て反対したんだど。
「あだいして、何か子細(しさい)あって、あだなことしてっけんど、あれは事によるとすばらしい人だかも知んない。元は琴は習った、踊りも習ったていうこと聞いた。そうすれば、確かに子細はあるかも知んねげんども、すばらしいどこの娘さんだかも知んねえ。おれは鉢かつぎ姫はお嫁さんにもらいます」
 はっきり言うたんだど。ほして父君と母君が大変心配したんだど。ほしてなぜしたらええがんべ、なぜしたらええがんべて相談した結果、その若様ば育てた乳母ば呼んで来て、相談したんだど。ほしたれば乳母がええ智恵つけだんだど。
「こりゃ別れさせるには簡単だ。嫁になるとすれば〈嫁くらべ〉の儀ていうな、やらなくてはなんね」
 て言うたんだど。「三人の嫁さまと鉢かつぎ姫ば並べて、そして嫁くらべさ列席させたら恥かしくなって、あだなもの冠ってはとてもいらんねもんだから、出て行くべなはぁ」と。
「うん、はいつはええ」
 そういう風にすんべというて、何日の何日、嫁くらべの日が決めらっだんだど。んだげんど鉢かつぎ姫は若様ば好きだったげんども、気がひけて気がひけて、若様さ言うたんだど。
「おれみたいなでなく、位の高いどこのお姫さまて、まだまだ器量のええ、すばらしい人と一緒になってけらっしゃい」
 ほして、鉢かつぎ姫は門ば抜けて逃げ出したんだとはぁ。したればそいつさ若様追っかけて来て、
「お前がおら家の家出っこんだらば、海越えても山越えても、遠い国さ行ってもお前と一緒に楽しく二人で暮しだい」
 て、若様追っかけて来たんだど。鉢かつぎ姫は、
「ほだなごとしないで、どうかお屋敷さお戻り下さい」
 て、何べん言うても分らねがったんだど。「帰りなさい」「帰らね」
 ほれ、何だているうちに、頭の鉢がはずっで、ドスンていうけぁ、土の上さ音立てて落っだんだど。ほうしたれば、鉢の中さ金銀サンゴからカンザシ、クシ、すばらしいものいっぱい入っていだんだけど。ほれから、うまいもの、着物、大判小判、目もくらむようなものぎっしり入っていだんだけど。鉢の中から現わっで来た鉢かつぎ姫の体は、まるで天女が雲の間から現わっだように、まるく明るく美しく輝いていだんだけど。ほして二人は、
「お前、ほだいきれいなだどら。なしておれから逃げるんだ。もうどこへも離さねから、さあ早く屋敷さ戻ろう」
 て言うて、来たんだど。若様と手に手をとって、鉢をたずさえながら、門の中さ入って来たんだど。ほして〈嫁くらべ〉の朝になったわけだ。
 三人の姉さま方、お雛さまが着てるような美しい着物きて、そして一番高いところさ、きらびやかに並んだ。まるで立てば芍薬、座れば牡丹、歩む姿は百合の花というたような喩えのようにきらびやかに並んでいだっけど。して破れた菰(こも)の上さ鉢かつぎ姫の席が作らっでいだんだけど。
「いよいよ、今度、鉢かつぎのお化けが来んぞ」
 なて、みんな見っだんだど。
「ほうしたら、ぶったまげて逃げて行くべな」
 て、みんな噂しったれば、戸が音もなくスウーッと開かれて、そこさ鉢かつぎ姫が現わっだんだど。百合も牡丹も芍薬の花も、何とも追っつかんね、天女か乙姫さまみたいな、五色の雲にのって舞い降りて来たような、部屋の中さ百匁ローソクどっと焚いたような明るさになって、しかもいろいろお母さんが準備してくれた宝物びっくりお土産に持って現わっだんだけど。そして見物しった人も武家の人もぶったまげてしまってはぁ。
 そうしているうちに、三人のお嫁さんもうろたえ始めたんだど。そして格好ばりええったって分んない。
「おらだ、琵琶ひいたり、笙(しょう)を習ったり、鼓鳴らすから、お前合せるいが」
 そして鉢かつぎ姫は琴さ向った。六段の調べ、一段、二段、ずうっと行った。その琴の音の冴えていること、三人がとうとうカブト脱いでしまった。そして何年かぶりでひいた六段の調べ、なつかしくひいた。おかあさんもおとうさんも大変賞めて、ほして若君から鉢かつぎ姫の今までのずうっといきさつ聞いて、
「本当に、おらえの嫁にして恥かしくない。気持ちのええ子をぜひお嫁に欲しい」
 て、ほして四番目の奥さんにおさまって、ますます勉強して、立派な奥様になって、お仕合せに暮したという、むかしとんとんでございます。どんぴんからりん、すっからりん。
(鉢かつぎ210)
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