109 鶴女房

 むかしとんとんあったど。
 出雲の国さ一人の貧乏な若者がいだんだけど。他の家さ雇いとりに行って、田うなったり、畑うなったりして暮し立てていたんだけど。ある日もその若者が請負いさせらっだ田さ行って、一生けんめい田うないしったれば、何だかパタパタパタパタて音すっから、田うない止めて、ちぇっとそっちの方見たら、鶴が背中さ矢受けて苦しんでいだっけど。
「ははぁ、これぁ助けろていうなだ」
 と思って、その矢、いきなり引っこ抜いて呉(け)たれば、ほだい深い傷でもなく浅い傷で、ほしてそいつ引っこ抜いてもらった鶴は、まずありがとうさま、ありがとうさまて礼言うような格好して、いずこへともなく飛んで行ったんだけどはぁ。ほれから何日か経って、その若者んどこさ、「こんばんは、こんばんは」て来た。誰だと思ったれば、一人の若い娘なんだけど。そして、
「今晩一晩泊めてけらっしゃい」
 て言うたんだど。で、若者は、
「こだな荒屋(あばらや)でもええがったら、泊らっしゃい」
 て言うたんだど。ほして娘ば泊めてやったんだど。
 次の日なて、どさか出はって行ぐんだかと思ったれば、その娘は台所片付けたり、家の内外掃除したり、パタパタ、パタパタ、そして料理なの始めたんだど。そしてその晩も泊ったんだど。だんだん、ほだえしているうちに、二人は若い者(もん)だから、「お嫁さんにしてけらっしゃい」なて言うし、とうとうお嫁さんにしてしまったんだどはぁ。
「んだげんど、おれはこだい貧乏だし、やっと暮していんなだから…」
 て言うたげんども、ほだなこと、ねっから苦(く)なねから、おれも一生けんめい稼ぐから、お前のお嫁さんにして呉(け)らっしゃいて言うて、とうとうお嫁さんになった。そして二・三日経(た)って、そのお嫁さんが、
「機師(はたし)こさえてけらっしゃい。機織っどこ拵えで呉らっしゃい」
 て頼んだんだど。銭も金もないし、なぜして拵えたらええがなぁと思ったれば、その女房がどっからか、木なの運んで来て、ほして、
「おれが言うように拵えてけらっしゃい。ここさ釘打って呉らっしゃい。仕組んで呉らっしゃい」
 て言うとおりにしたんだど。ほうしたれば、次の日から機織りはだったんだどはぁ。
  トントンカラリ
  トンカラリン トンカラリン
 て。ほして出来上った。いや、その機のきれいなこと、綾錦ていうか何ていうか、瑠璃色に光る。その若者はまだ見たことも聞いたこともないようなきれいなものだった。おどろいて見っだれば、その嫁さんが、
「こいつば、殿さまのところさ持って行って売って来て呉(け)らっしゃい」
「なんぼで売っどええんだ」
「千両ぐらいだら、喜んで買ってくれる」
「千両?」
 ぶったまげた。
「千両なて……」
 当時、千両あれば何十年もただ暮しされっかったど。ほしてその布もって、言った通り、教えらっだとおり、殿さまさ持って行った。そして見せたれば、
「いや、すばらしい布だ」
 そして千両で、言うとおり、
「千両では安いくらいだ」
 て買ってくれた。こんど銭入って来っど、欲出てきた。ほして女房さまた頼んだ。
「いまと、機織ってけねがぇ」
「んだか」
 その女房がまた機場さ入って、トントンカラリン、トンカラリンと織り始めた。ほんで機織りするときに、こういうときに若者さ言うた。「おれ、機織りすっどこだけ見ねでけらっしゃい。なんたことあっても、はいつだけは見ねでけらっしゃい」
 ところが、見ねでけらっしゃいて言われっど、あだいきれいな機(はた)、なぜして織んべて見っだくて見っだくて、行ってみては戻り、行ってみては戻り、「ああ、悪(わ)れなぁ」て戻ったげんども、一度、なえったて見てみたくてそおっと節孔からのぞいてみた。ほうしたれば一羽の鶴が体の羽根一枚抜いてはトンと織り、二枚抜いてはトンと織り、三枚抜いてはトントンと織るんだけど。
「はぁ、なんだ。自分の体から抜いて織っていたのか」
 と思ったんだど。したればその若者の覗見しったなさ気付いだんだど。
「あなた、見ないで呉ろて頼んだのに、なして見た。あたしはこれでおしまいだから、おひまいただきますはぁ」
 て、織り掛けっだ布をそのままにしてはぁ、どこともなく空飛んで行ってしまったんだどはぁ。んだからあんまり欲たけらんねし、見んなていうどこぁ見らんねもんだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
(鶴女房115)
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