98 谷風と三吉山

 むかしむかし、相撲の谷風一行が山形方面さ巡業に来たんだど。いろいろ相撲とってみせて、ほれから、
「誰か横綱ととってみる人いねが」
「東西、東西」て呼出し奴(やっこ)が触れて歩いた。そしたらどっからともなく、体格のええ一人の若者が現わっだ。「おねがいします」
 ほして、
「かたや谷風、かたや茂助、百姓出の茂助!」
 て、名のっただけで、土俵の上さあがった。さばく行司は三代目、木村庄之助。
 ところが仕切りに入った体見て、その行司がおどろいた。横綱を上まわるったて、決して見劣りしない。見物人も、
「そら、茂助どん、茂助どん」
 人気は大したもんだ。ほして何回も何回も仕切り重ねているうちに、阿吽(あうん)の呼吸がぴったりと合った。そうすっどワッショと立った。日本一といわれたその突張りの体当り、むんずと受けとめて、その茂助の手が横綱谷風のまわしに掛った。今までどこさ巡業しても、その体当り一つでみな吹っとんでしまったが、これは手ごわい奴、びくともしない。むんずと上手(うわて)をひき、下手(したて)も取った。さあ、仲々片一方は日本一といわれた横綱谷風、片っ方は茂助、名もない草相撲の茂助、さぁ押しつ押されつ、玉のような汗が太鼓腹を滝のように流れた。そしてカッカッカッカッと横綱が土俵際で、むんずと打っちゃりの姿勢をみせたが、そこで頑張った。茂助も頑張って、二人があんまり頑張ったんで、一尺ばかり土俵さめり込んで行った。ほしてあわやこいつぁ水が入るでないかと、こう思っておったところが、観客の誰かが、梨ぶん投げてやったんだど。さすがの谷風もその梨拾う余裕がないがった。そしたら、その茂助は、いきなりその梨拾ってパクパク食い始めた。ほして食い終った。それまではよかったが、梨のスビタぶっ投げたときに、一瞬の隙をついて、谷風梶之助に上手投げで土俵に這った。そして行司軍配は高々と谷風にあがった。そして一礼して茂助ていう者はどこともなく消えてしまった。
 ところが後から誰言うとなく、
「ほいづぁ、きっと秋田の三吉さまが出て、相手したんだべ。んでも秋田の三吉さまでもやっぱり一点の非の打ちどころがあって、梨のスビタ投げっどきの気のゆるみ、日本一の名横綱谷風梶之助につけ入らっで、上手投げ食った。いやぁ、やっぱり日本一の名力士は違うもんだ」
 で、山形さ巡行来たとき、みんなそういう風に語ったけど。どんぴんからりん、すっからりん。
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