95 床屋狐

 むかしとんとんあったけど。
 狐壇からカサカサ稲荷さ通ずるどこ、あそこらも狐らも楢下と牧野あたりの狐と友だちで、全部気脈が通じていたらしい。ほんでどういうもんだか、何でもかんでも人の頭もしかり、刈ったりしてしまって坊主にしてしまう狐いた。誰いうとなく「狐壇の床屋狐」なていうようになった。
「どこそこの嫁コは朝げ草刈りに行ったら、草背負って家さ来てみたら、頭ツルツルだっけ」
「どこそこの若衆は頭ツルッと自分の鎌で刈ってきた」
 なて、次々とみな坊主にされる。
「おかしいこともあるもんだ」
 で、あるとき、楢下の人五人ばり金華山詣りに出かけた。ほして牧野道とことこ降(お)っで行って、話はずませて行った。
「おれぁ、金華山詣りすっど、三年五年銭不自由しねそうだ。毎年なの行くんだら、ほに、毎年倉立つほど銭残っどぇ」
「はぁ、はいつぁええもんだな。んではまず本気なてお詣りして、御利益あるようにお詣りすんなねっだなぁ」
 なて言うて、降っで行ったな。その床屋狐は聞いっだんだど。ほして誰と誰と誰だなって、見当(めかごめ)つけて、ほうしたけぁ、その人の名前憶えて、
「こんにっつぁ、こんにっつぁ」
 て、ほこの家さ行ったんだど。「はい」てほの奥さんが出はったれば、
「あなた、誰それさんの奥さん」
「ほだげんど……」
「はぁ、ほうか。お宅の父ちゃんだ金華山さお詣り行ったれば、船さのるまでは大したこと、風も何もないがったげんど、急に大波出きて、船ひっくり返えさっで、みんな沈んで逝くなったはぁ。今はの際に、お前のおっつぁんが言うたことは、いや船頭さん、お前、泳ぎ上手だから、助かっかすんないげんど、おらだこのあんばいでは、とっても駄目だ。何とか一つ、おらえのかあちゃんさ、今から決して他さ嫁に行かねように、頭剃ってはぁ、尼さまになって呉ろはぁて、何こか言って呉ろはぁて、最後の言葉だった」
 て、しげしげと語った。ほうしたれば、
「あらら、おっつぁんが逝くなったが、ほんでは」
「いや、お前のおっつぁんばりでない。誰それも誰それさんも逝くなって、今からおれ、みなほこの家さ行かんなねどこだ」
 真剣になって言うもんだから、髪、鋏で切ってしまってはぁ、日本剃刀で剃ってはぁ、尼さまになったんだどはぁ。隣の家さ行ってもほの通り、そこの隣さ行ってもその通り、お詣り行った人の家さ行って、ツルッと坊主にして呉だんだどはぁ。
 ところが、ほだごと何にも知しゃねで、
「いや、面白いがったね。波はさっぱりないし、いやいや、金華さまざぁええどこだ。金華山ええと思ったば、宿屋の女中さんまでええがったな」
 なて笑って来たれば楢下の村の人ぁ、途中で待っていだんだけどはぁ。
「おいおい、誰それ君、君だ、ほだえして楢下の部落さ行ったら、ぶっ叩かれっか、ぶち殺されっかすんないぜ」
「なして」
「いや、楢下ぁ大火で大勢の人ぁ逝くなったし、まずほとんど焼けた。ほしてはぁ、楢下中さ生き残った人ぁ、喪に服するためにみんな坊主になったんだはぁ、みんなお寺さまになったんだぜはぁ」
「はぁ」
「お前だも髪なのおがして、ほだえして行んこんだら、ぶっ叩がれっぜ」
「ほうがい」
「ほりゃ、おれもこの通りつるつるで撫でてみろ」
「ああ、お前もやっぱりつるつるにしたんだな。ほんではどうだ。これ。上山の髪床でおらだ坊主になって行かんなねべはぁ」
 て言うたけぁ、床屋さ行って全部の人、頭つるっと落して、床屋では、
「なして楢下衆は、ほだえ髪おろすべ」
 と思ったんだど。女衆ぁ来ておろして行ったのも居だし、また男衆ぁおろすなておかしいもんだと思っていだげんども、旦那だつるつる落してはぁ、そして、
「まず、いや困ったもんだね、家のかか、なんたべ」
 なて、只今来てみたれば、村なの一軒も焼けていね。
「おかしいな」
 途中行き会う人、坊主なの一人もいね。家さ行ってみたれば、かか殿、つるっと坊主になっていた。
「なんだ、にさ、いつ坊主になった」
「あらら、幽霊であんまいし」
「幽霊ざぁあんまいな。おれっだな」
「なんだ、おっつぁん、頭…」
「こういうわけで、楢下さ入るには髪おろさねど入らんねていうから、頭おろしたんだな」
「ほんでは、狐壇の床屋狐に化かさっだんだ、ほりゃ」
 て言うけぁ、ほの旦那も奥さんも化かさっでつるつると坊主にさっだけど。どんぴんからりん、すっからりん。
(仇討競争624)
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