9 八十一まい目の田

 むかしあった話だど。殿さまはお百姓に、
「田んぼになるどこは、みんな田んぼにして米を年貢に出すように」
 というもんで、山のふもとのやぶまで田に作らせだど。んだからちっちゃな丘などは、だんだん畑みたいになって、お百姓はエッチラ、オッチラ、肥(こい)桶(おけ)をかついで行かんなね、それぁそれぁ大へんだったそうな。
 そんな村に、となりの村からむこさまがきたど。むかしは〈こぬか三升あれば、むこに入るな〉というたもんだな、びんぼうな家からむこにきたもんだべ。
 春になって、まだ雪がのこってる山道をのぼったんだど。むこさまは、おどっつぁまからたのまっだんだど。
「あそこの山さ、うちの田がある。大きいのから、ちっちゃいのから、やぶの中にも二つ三つ、みんなで八十一枚の田んぼある。一人前の男なら、一日仕事でやらんなね」
 そういわっで、鍬をかついで出かけて行ったど。山道にかかると、カラスが杉のてっぺんで「アホウ、アホウ」と鳴くもんで、むこさまはごしゃえで、
「おれがアホウかどうか、今からの働きぶりを見てからいえ」
 とつぶやきながら、山の田んぼにつくと、うんとこしょと腰をおろして、田んぼを見わたしたど。ある、ある。大きい田んぼ、ちっちゃい田んぼ、草ぼうぼうの田んぼ、石ごろごろの田んぼ。ある、ある。からんからんに干(ひ)上がった田んぼ、べしゃべしゃに水につかった田んぼ。
 むこさまは着てきたミノをぱっとぬいでねじりはちまきをキリッとしめて、むこのカッコいいどこを見せるべぇと思って、鍬をとって、一番近い田んぼから、ざくざく、ぴしゃぴしゃ、がつがつとやりだした。
 一枚二枚三枚、四枚。お日さまがまん中にきたころは、もう四十枚もたがやしてしまってたけど。そこさ、きれいな着物でよめさまが、でっかいおにぎりとお茶をもって、山道をのぼってくるのが見えたど。むこさまはますますはりきって、
「えいやぁ、ざぐっ。えいやぁ、ざぐっ」
 とやったもんだ。
 むかしは、ひどろ田うないは一人前の男、一日で一反うなわねばならないといったもんだ。ぬるりぬるりする田んぼに足を入れると、腰まで入ってしまうもんだ。だがそこはむこさま、よめさまの前でカッコいいところ見せようと、まっくろい土をはねあげ、はねあげ、たちまち、うなってしまう。次の田んぼも、その次の田んぼも、うなってしまって、お日さまが少しかたむくと、
「むこさま、むこさま、手に出たマメがいくつあるか、ちょっくら休んで、教えてみなされや」
 そういわれて、むこさまはよめさまの出してくれたお茶をすすりながら、手をひらいてマメを数えると、あることあること一つの田をうなうごとに、マメが一つの田をうなうごとに、マメが一つずつふえるというぐあいだったそうな。
 ようやく、お日さまが沈んで、そのかわりに西の山からお月さまの出たところで、田うないがおわったもんだ。
「ふうっ、こんでおらも一人前というもんだ。どれ、八十一枚あるといったな、数えてみんべ」
 むこさまが、マメだらけの指で山の手の方から数えはじめたど。一枚、二枚、三枚、四枚…七十八枚、七十九枚、八十枚。
「おかしいな、八十枚しかない。数えちがいだべ。もう一度数えてみることにすっか」
 一枚、二枚、三枚…七十九枚、八十枚。なんど数えなおしても八十枚しかない。
「こりゃ、きっとおやじさまの思いちがいだべ」
 そういいながら、ひょいとミノをとると、そこからもう一枚の田んぼがあらわれたど。そんなに小さい田んぼまで殿さまは作らせたもんだかな。むかしは、なぁ…。
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