7 神楽ぶち

 神楽ぶちの吉(きち)の生れは山国で、急な山肌にへばりついた部落だ。なだれがよくおきるので、ナダレ部落ともいうた。
 山いももできない年に十三になった吉は、弟と妹のかわりに神楽に入った。そうでもしないことにゃ、なじょにも御飯(おまんま)くいつめてしもうからだった。そんでも手先の器用な吉は、すぐ神楽ばおぼえて、みんなからめんごがらっだ。
   タンコタジマのタンタンタン
   ブッコブジマのブッブッブッ
   ピッピイのピイ
 神楽の一座は、吉の芸がうまいもんだから、たちまち近所のひょうばんとった。
「吉の神楽はありがてえばっかりでねぇ、おもしれえ。このあいだも、人食い熊が吉の神楽で笑いころげて、腹へったのも忘れて、山さもどって行ったちゅうごんだ」
 なるほど、吉の神楽はどこさ行ってもひょうばんになるのは、神さまの石舞台でやった後に、部落中の一軒一軒ば廻って、夜泣きの子があれば笑わせ、病人があれば病人を笑わせて気をかるくして治(なお)し、山くずれで畑がうまった家があれば、また畑をひらく手伝いしたり、村の人々といっしょに泣いたり、喜んだりしてくれるんで、毎年、吉の神楽が廻ってくるのばりたのしみにして、村人は待ってだもんだったど。
「神楽ちゅうのは神さまば楽しませるもんだもの、人が楽しまねぇと神さまも楽しくないもんだものなぁ」
 三年ぶりで吉が生まっだナダレ部落のお天王さまさ神楽をお納めにやってきた。そしたらお祭りのノボリ一本立ってね。
「こりゃ変てこなこともあるもんだ。お祭り忘れるなていうこともないべになぁ」
 走るように自分の家の戸を叩いたげんども誰もいね。となりの権六さの家に行ってみたげんどもいねぇ、三軒目に戸叩いたカネばさまの家で、いちぶしじゅうきいてびっくらした。
「なぁ、吉。おめぇ、どうにかしてくろよ。米がとれね部落さ、米年貢出せざぁ、いったいどうしたごんだ」
 カネばさまの帯はナワの帯だ。ナワの帯は死人がでたときばりだときいてたげんども、
「米年貢も出せねぇ者ぁ、帯などナワでええ」
 役人はいうたそうだ。「ナワの帯ざぁ葬式どきばっかりだ」と、庄屋さまが役人に訴えたら、「こげな部落はつぶっだほうがええ」と、一人ばり残さっだカネばさまはぷんぷん口をとんがらせた。
「そんでも、おらぁこの山越えて、あっちの殿さまのどこまでは、とっても歩かんね」
「よし、ほんじゃ、おらがつれていってやる」
「いやいや、あそこの番所を通らねで山の中の道では、とっても歩けねぇ。おらぁ、ここでじっとしてで、ここの土になるべぇ」
「そんではおれが、ばさまがらみ背負って行ってやるべ」
 たった一枚、長持の中にあった新しい山仕事着をちょんと風呂敷さ包んで、腰さぎっちら結ぶと、その上さ、カネばさまば、ちょこんとのせて、吉はピタピタ足で音立てねように、番所の前さきた。
「こりゃ、おめえはナダレ部落の吉だな、どこさ行く」
「神楽もって、となり部落さ出かけるどこだに、お役人さま」
「おいおい、背中のばさまはカネばさまでねぇが。神楽ぶちはええが、カネばさまは村を出てはいけねぇ」
 吉は困ったかおで、風呂敷つつみからヒョットコ面を出した。
   ああ、ホラショ コラショ
   タンコタジマのタンタンタン
 くるっと一回まわると、ヒョットコ面から鬼の面を出して、カネばさまにヒョットコ面をかぶせた。
「おらぁ、頼光さまがこねぇば、他のだれがきてもおっかなくねぇ。女(おなご)どもをよべ。酒もってこい。ウイーッ、そこの者、女どもをよべ。よしいうこときかねぇな、このヒョットコ面を、おれはさらって行くぞ」
 また、くるっとまわったら、オカメの面。
「オホホのホ。オホホのホ。あららお役人さん、ここのホッペの紅の色、最上(もがみ)の川の水でそだった紅花しぼったこの紅で、オホホのホ」
 またまた一まわりすっど、カネばさまは面をとって、
「安達が原の黒塚に、かくれ住みしもあさまになりぬ」
 吉の、さびた山うばの声で、役人は二歩、三歩とうしろにさがったすきに、とっとっとっと、番所の坂をくだって行った。
「ああ、カネばさまば一人のこしてきた」と心配していた部落の衆が、喜んだこと喜んだこと、吉に助けらっだカネばさま、
「いやいや、山うばはそっくりだった」
 というど、吉は、
「本当に山うばになってしまったと思って、心配した」
 というんで、カネばさまから、吉はうらまっだそうな。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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