4 こうれん

      1
 山形の赤湯温泉に「こうれん」という、子どもの頭よりずっと大きいセンベイがある。手焼きの、うすい醤油あじのほんのりした香りのセンベイだから、手に持った子どもは、ウチワのかわりにしてみたり、大きい銭(ゼニ)にみたてたりしてあそんだあとに、ぱちんぱちんと割って、みんなで分けて、バリバリと食う味は忘れられない。
 
      2
 こうれんは、まだ八つのむすめだった。越後の人買いがよく通ったもんだが、人買いに買いとられて越後に行く途中だった。宿賃おしさに、人買いは狸森の岩あなに泊った。
「ええか、ここでがまんしてくれな」
 人買いはやさしそうな声を出した。
 お父がねたっきり、妹二人のせわをみなければならず、働き口をみつけてやるという庄屋の口車にのって、人買いに買われたこうれんだから、逃げるなんて思うより、この男が親がわりだと思っていた。
「はい」
 こうれんは人買い男のねるところに、ゴザを敷いて、その一段下の入口のところに、ようやく一人が膝を丸めていられるところを見つけた。ちっちゃな石をとりのぞくと、そこにちっちゃな自分のゴザをしいて横になった。あなの口から、ぽつんと一つ星がみえた。星がじっとこっちを見てると、こうれんは思った。
「この人を旦那さまと思って、つかえるんだぞな、ええか」
 お父の苦しそうなしわがれ声が耳にのこって、耳たぶがあつくなってくる。涙がでてしかたなかった。
「なんだ、泣いてるのか」
 人買いは、そんなこうれんを見て、かわいそうになったかして、少しばっかりしめった声にかわった。
「はい、旦那さま。だげんど、お父の病気のこと思いだします。妹が泣かないでいられるかと思いだします。お父の腰をさすってやれるかなぁて思ったりして」
 しばらくして、また人買いがきいた。前よりももっとやさしい声を出した。
「なに見てるだ」
「はい、旦那さま。星がときどきまばたくのを見てるだ、じっと、おらを見守ってくれてるから、こうれんは泣きません」
 
      3
「おら、なぁ…」
 人買いは、ごそごそあなのおくの方から出てきて、こうれんと並んで、あなの端(はし)っこまで出てきて腰おろした。星がふってきそうに東の空に輝いた。
「おめえぐらいな女の子がおっただ。そいつがメクラになってなぁ、瞽女(ごぜ)にしてもらった。トミっていうてな、そいつが山形の方さ行って、もどってこねぇというもんでなぁ」
「そんじゃ、旦那さま。トミさんば探しに来ただが」
「うんじゃ」
 トミを探しに来て、食いつめて、人買いになったんだというつもりだったども、そいつはいわなかった。
「夜はさびしいげんど、ええなっす。お父も今ごろさなっど、ようやく寝息たてる」
 ふりかえった人買いは、そこにこうれんの声だけあって、姿がないのを見てびっくりした。あなの中が明るくなってる。星の光どこでない。青白く光ってる。その光になれてきて、こうれんがちっちゃくなって、星をじっと見上げているのがわかって、ぐいっと抱きよせた。
「こうれん!」
「はい、旦那さま。すっかり心が洗わっだす、ありがとうございます」
 人買いは、とつぜん、血をはくような声でいった。
「こうれん、おらの子になってくれ。おらの子になってくれ、なぁ、おら、今までわるいことした、おら人も売った。人をだましたこともあった。んだどもこいつ、みんなトミを探すためだった」
「はい、旦那さま。旦那さまはそんな人ではねぇ。旦那さまのそばさ坐っていっど、お父やお母、それに妹のためにどうしてもちゃんと生きていかんなねていうこと、よっくわかるっす」
「こうれん!」
 二度目に人買いがこうれんを抱いたとき、二人のまわりに、パチッパチッと光がはじけた。人買いは今まで体にくっついた、この人買いに殺されたり、いじめらっだ人の怨霊が一度にとび出して、はじけてしまったんだ。
 二人はじっと抱き合って、一晩、狸あなですごした。すうっと風が吹いてきたので、こうれんは目を覚ました。人買いは死んでいた。こうれんの足もとから、白い鳥が飛び立って白竜湖の方さ飛んで行った。
 白い鳥は人買いのすっかりきれいになったこころのようにこうれんにみえた。
 
      4
 人買いの骨はちっちゃい骨つぼに入ってしまった。耳に当てると、カラカラと乾いた音をたてた。こうれんは悲しかったが、悲しさにまけていられないと決心した。とにかくお寺さんに納めねぇでは、旦那さまに申しわけが立たないとおもうと、お寺をさがして、トボトボと切れた草履を引きずってあるいた。腹がへってくたびれて悲しくなると、その骨つぼに耳をあてる。乾いた小さい音が、
「生きるんだぞ、生きるんだぞ、ええか」
 そういいつづけているように聞える。「あの晩に、本当のしあわせがわかったよ、ありがとう」ともきこえた。
 めぐりめぐって、こうれんはまた赤湯にきた。足がなえてしまって、動かそうにも動かなくなった。ようやく探しあてたお寺さんの前に行って、そこでぶったおれた。骨つぼをぎっちりにぎっていた。カラカラとかすかに骨つぼの中から音がきこえていた。
 こうれんの上にヤキメシを供えてくれたのは、どこかの知らないおばさんだ。
「なんぼか、ひもじがったべ。きっとこの寺に骨をおさめにきたんだべに、ひもじい思いをさせて、わるかった、さぁこれをお食べ」
 
      5
 カンコロメシというのは、食べのこりの御飯を流したのを、カンコロにあつめて、それを日干しにしたもんだ。臼で粉にしたのを、センベイに焼く。
 こうれんの死んだところにお社が建った。こうれんに供えられたヤキメシやカンコロメシを粉にして、こうれんセンベイという。割るとパチンという乾いた音を立てる。
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