10  餅の小話

 昔あったけど。或所の家で、嫁こが里さ用出来て行くなで、お土産持だへでや んべて、にわがぇ餅搗いだどこだけど。
 ほして、今立たへだばりだて言うどさ、何処で聞ぎづけで来たが、餅ときたら 眼の無え知り合の親仁こ顔出したけど。好ぎどて嗅ぎつけんなも早えもんだ。た いした用でもないのさ かんつけ....(かこつけ)て、上れども言わなえのさ、さっさど囲炉裏端さ上りこんで来たけど。
 ほしてな、何とかかんとか話もちこんで、餅の出てくんのを待ぢてる風があり ありど見えっけど。でも、あんまり面(つら)の皮厚ぐされっちゅど、 こやらしぐ.....なえもんで、餅出して食(く)へる気もしなぐなたったべ。
 お客の方では、ここの家の人達ったらなんたら気がきかなえもんだ。俺の餅好 きだらば知らなえ筈あんめえに、なんたらさどり悪りったら、ほに。もぞもぞし ながら謎かける風だでや。今日は何の日だけか、土間(にわ)さ臼出はったななしてだの、 厩の前の濡れ藁どうしたなどかて、いろいろさぐんなだけど。
 お茶出ししった婆さままだ横座さ坐った家の爺さまどこのぞこんで耳こすり... (耳うち)すっけど。「お客さまも用向済んだよださげて、餅の一皿も出したら良 がろが」て聞ぐ。
 ほれば口に出して言うには、「しようづべぇ、山と山とを重ね申すべが」てだ。 ほれは何た意味だと思う。ええが、先ず、「しようづべぇ」だ。小豆と書いてアヅ キだども、大豆と書いでダイヅださげショウヅと読むごとにする。餅まだベイだ。 んださげ小豆餅と書いでショウヅベイになんべちゃ。ほして「山と山とを重ね」 となっと、ほら重ねでみろ、書いでみっど判り易(い)い。出だべ。出なら出しますか、 出しますまいかとなんだろ。「小豆餅(あづきもち)でも出して来あんすか、どうしあんす」て、きぐどこだべちゃ。
 ほしたら爺さまが何と答えだと思うや。「サゾに口なし、月に棒」て言たど。そ う言わって婆さまは首肯いで腰おぢつげで、囲炉裏端から立つどもしなえけど。
 爺さまの言た意味はな、サゾて言う字は口扁さ無と言う字を書くべ。ほして嘸 から口とれば「無」だ。こんだ月に棒させば用事の「用」と言う字になる。これ もホラ書いてっど ぞうさ...なぐ判る。二つ併せで「無用」ださげ、「餅なの出すごと なえ」ていう訳だろ。
 爺と婆ンばのやりとりば小耳さ入(え)ったお客もさどたんだな。あぎらめて、そん ま尻あげて帰て行たけど。ほんでもよっぽど、 のごりえ....(心残り)がったとみえ で、戸の口出っ時、「ゲンタショウ、ゲンタショウ」て、吐き出すようして行んけ ど。
 ほら、て言う字ば上下離せば、玄という字と田という字になんべ。ほれさ ださげて、「ゲン、タ、ショウ」。つまりは畜生だ。うまえごと断らったなで、そっ ちも判じ物みでえな悪態をついで気晴したどごだろ。
 どっちも字の見える人達だったんだな。 どんぺからんこ なえけど。

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