2 馬のまぎめ

 昔あったけど。大家の旦那じゅあ、馬の目利の秀った仁でな、或時、出入の親 仁に、馬ば馬喰すっ時にや、どういう所さ気つけるもんだがてきがったけど。
 ほしたらば、先ず馬の険相みるごどだて教へでくったけど。つまり馬の振(ふり)じゅ んだ。ほれで目算の良え馬だかを、よっく見んなだど。
 次は〝ありぎ〟見るどええ。挽いでみて馬の歩き姿勢を見っど、達者(まめ)だか脆弱 (けえなえ)馬こだかすぐ判る。三番目は口開げて、馬の歯を見るどあらがた年令が判るもんだ。 ほれがら次に大切なのは毛巻きだじゅごんだ。人間だて、頭さ巻目の二つある者 は意地悪だの、さらばお倉が二つ建つなのていうくらいだもの、馬だて生物だ。 これも一応勘定さ入んなぇど良ぐなえてだど。
 昔から「肘筋(ひっつじ) 双紋(そうもん) 笠の下」てな。肘筋は馬の後脚の曲り目さある毛巻のごと。双紋は胸前の所さ二つ巻目のある馬こで、笠の下は首のつけ根で、丁度馬さ のるど冠た笠の雨だれ雫がポタポタと落ぢんだ、其処さ巻のある馬の事(こつ)た。まあ こういう所(ど)さ巻あっど嫌わって、他所(ほが)がなんぼ良えたて駄目だとさったもんだ。
 肘筋のある馬に蹴られっと、一生治らなえ片輪で過さなんなぇて言たもんだ。 また双紋の馬ば飼(たでっ)と、其処の家の総領ッ子に祟るとしたもんだ。笠の下て言えば、 昔の武士なら やおい...て言て、なんぼ矢射ても的さ当らなえて、この馬も嫌(きら)たじゅ ごんだ。んでなくたてこげた馬はよく荷鞍当りして、役(つかい)馬(んま)にや向かない。他にも 三光となっど、額さ巻目の三つある馬こ、これも「産礼汚す」て言て嫌うもんだ。
 とにかく、馬喰は今までの飼馬ば飽ぎさせで、早ぐ ばぐらせ....(取替)たいとか がんべさげて、他人の所有(もの)にはいろいろ難癖もつけんべども、自分(わあ)手さ入っと、 いうた事もころっと変ってしまう。
 つまりは、肘筋ていうなが誤で、あれは「汗絞(あせしぼ)り」が本当で、双紋も「紐立て」 ていうもんだ。紐立じゅあ羽織を附ける所で、羽織を着るような裕福な身分にな るじゅ意味で、却って喜ばれるくらえだてだど。
 川所さ行ぐじゅど、喉の所さ巻あるど「波分」どて、「波分は買っても附けろ」 て、もでるんだど。ながなが馬喰もならべる(法螺を)もんだな。でもそのくら い当り前だろ。「馬喰の八才、十八才」て言うさげな。  どんぺからんこ なえけ ど。
 もしか、そういう馬こ持(たが)たらば、筋の良え馬にしか巻は無えもんだど思て、気 にしない。その馬こさ惚れごんで扱うこったな。とにかく、馬の巻目など好き嫌 いするようでは、すぐった馬使いにはなれなえな―― 大家の旦那にもそう教へ らったけど。

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