道草あそび 悪口唄

 安楽城は県の北端れのさびしい山国で、集落が散っていて、往時は学校に四キロや五キロ以上もある遠路を徒(かち)で通う子もざらにいた。往きは部落の子たちで集団を組んで登校するが、下校時は大荒れでなければ大抵授業終えた小さい子の組から、同じ方向にかえる者たちが寄って校門を出る。村の中枢を遠のき、幾つか部落を通過するにつれ、群のさえづりもだんだん細まって行く。
 ともあれ、小さい子等は学校であばれた疲れも出るだろうし、集団が減るにつれて心淋しくなって来よう。何とはなく先を急ぎそびれ道草を食うことになる。それでも路上であそぶ分には、後からやってくる同じ部落の上級生に追い抜かれて、すてられる気使いはない。やがて自分の部落にたどりつく時にはいつも上級生と一緒、「ただいま」となる。
 こんな時の道草には、ジャンケン遊びの「何歩何歩」や「荷物(どうぐ)たがぎ」沿道に電柱や電信柱の立ち並ぶところに来れば、「太陽か電柱か」の鬼ごととか、状況によって「影絵(かげぼち)踏み」などが親しまれる。中で雨の中を雨具をつけたまま構わないで楽しめるのが、「言葉遊び」であって、この種の遊びは辺鄙な部落の子たちほど沢山伝承してきているようだ。多分は学校通いの手形だったかもしれない。

    ○むだ口の言葉遊び
 「誰々さん」と名指しで呼びこんで、返事をさそって、その言葉尻をつかまえて茶化する。
―― ハイと返事した場合には、
    ハイと蛤長之助 朝から晩まで下肥(だら)担ぎ ハイカラ姉さん
    ハイカラ姉さん 瘡(くさ)こ出ン額(でんび)
―― ウンと答えると
    ウントコどっこい ほうれん草 お前の母さん 出(で)ン臍(べえそ)
    ウンと糞尻(うんこけつ) 胡麻尻(けっつ) はだげて見だれば 糞尻
―― アという返事なら
    赤倉奴(やっこ)の尻見ろ 焼げで真黒だ(赤倉は昔大火があった所といわれる)
―― 呼んでも返事がない時は、
    「誰かさん」ても 返事がない 鼻かけ聟(むこ)でももらたがな
    (あるいは「瘡(かさ)かき嫁でもとったかな」)
―― さらに呼び続けても返事がないと、
    三べん呼んでも返事がない 障子のかんげで 何しった
    三回呼んでも返事がない ぐるっと廻って ワンと言え
 秘事にさわるようないや味を言われたり、あるいは畜生扱いまでされては、やり切れたものでない。さりとて、こちらも仕返ししてやろうと思って同じことをしようものなら、かえってやり返されてしまうだろう。
   ○真似こぎ
    人真似 こまね このやの狐 粕食って追(ぼわ)った
    人真似 こまね 猿の顔(つら) 真赤だ 牛蒡(ごんぼ)焼いで ぶっからめ
    猿の尻さ たごいった
 ああ言えばこう、こう言えばああと、悪態が次々と続くので仕返しのチャンスをつかむのが、またむずかしい。
   ○んだそうだ
    んだそうだ そうだ村の村長さんが ソバ屋でソバ食って 死んだそう
    だ 葬式饅頭でっかいそうだ 中の餡こ酸(す)っかいそうだ
 他人の言葉に肯いたり、あるいは賛意を表わす時によく「んだ」という。そんな言葉尻をつかまえて囃す。しかし、「んだ、そうだ」は、本来は他所言葉で、土地では「んだつけ」と言った。この唄が村に伝わったのは昭和に入ってからだという。
   ○一イ二イ三ン
    一イ二イ三ン四イ 牛蒡食って屁たった
    六、七、葉っぱで 尻のごた
    九ゥ十ゥ 十にとうとう逃げちゃった ヤーロー
 子ども達が何か目的あって、順番をきそうことが起るとする。学校の帰り路、休ン場の涌泉を汲んで渇をいやそうと、ずっと手前から大声あげて「一イッ」と、一番のりを宣言する。他がそれと気付くと、あわてて、二イ三ンと名のりが続く。遅れをとった者がいささか癪であろうか、こんな時の冷やかし唄である。それでも、強引に割込もうとする者がでると、
    先ぎ言た者勝ぢ 後言た者糞勝ぢ
 と、けん制されてはじがれる。
   ○ほら吹ぎ
    ほら吹ぎ 嘘(ずほ)こき だすう 百一 万八 嘘(ずほ)初 清水の平治
 相手の口から出た言葉が嘘であり、法螺であると気付いたら、嘘つきの異名をたたみかける。嘘初(ずほはつ)は中村の初吉といって、清水の平治と共に明治の頃、実在した駄法螺吹きで頓智のよい仲介人で、その言動は語り草にもなっている。
   ○ずほこぎ
    すほこぎ 針溝通れ
 質のわるい嘘言や約束違反には、こういってやりこめられるが、「ずほこぎくらえご」とて、軽い冗談で嘘をついて人をかつぐという遊びをする。道を歩きながら素知らぬふりで嘘をつき、それを乗せる。うまく引っかかって動作にあらわしたり、あるいはすぐに反論につまると、「一丁貸した」となる。そしたら先方もなんとか嘘でお返しせねばとなる。
   ○かつぎ唄
    誰々さん 落し物    ―(返し)足の跡
    足袋落ぢっだ      ― 度々 ご馳走さん
    箆落ぢっだ       ― ヘラヘラ言うな
    コンニャク落ぢっだ   ―コニャコニャ言うな
 落物問答というか、尻取り式である。唄というほどのものでないにしても、子ども達は道草にはよく口遊んだ。
   ○盗人かすびと
    盗人 かすびと 粕食って追(ぼわ)っだ
 一見、大した大事そうでもない路傍にある物でも、おれが先に発見したんだからおれなだ、寄越(よこ)せ、否だの言い合いから、呉れ、否だ。貸せ、貸さない― それが奪った、盗られたとなり、大げさに盗人呼ばわりにまで進展する。
    盗人 かすびど 人のへんかげんな
 誰かさんの仕業だから、私のかかわりのないこと、後で人のせいになどするなよ。これはまた横取りされそうな時の予防線にもうたわれる。現代っ子は、
    盗人、泥棒、スリ、かっぱらい、ギャング、強盗
と囃している。
   ○あがめてえ
    あがめてえ あがめてえ 尻掻(けっつけ)え 尻掻え
    欲しいごんだら ここまでごんざえ
 上げたんじゃないから、返してくれというのに、どうしても返そうとしないばかりか、戯(ふざ)けてアカンベエーをした上に、お尻が掻(かゆ)いといって自分の尻を叩きながら、「ここまでおいで」と逃げて行く。拒否のデモンストレーション。
   ○いっきびかっきび
    いっきび かっきび ばぢゃかぶり
 悪態をついて逃げるはずみに、つまづいたりしたら、それ見たことかとばかり、追い打ちをかける。いっきびは「よい気持」、かっきびは語呂合わせのための挿入か。ばぢゃかぶりは「罰当り奴」という意味である。転んでどこかを痛めたとしても同情もなく、かえってよい気持ちで気が晴れたとあっては、相手も頭にくるだろう。でも子ども達は大して根にも持たず、よりの戻るのも早い。
   ○痛えごんだら
    痛えごんだら、いたちの糞つけろ 掻えごんだら かぇん餅ぶっからめ
 虫の居所がわるいと見え、ちょっと体に触れただけで、大仰に「痛いっ」と声を立てる。そんな子をひやかす。さらには尻とり唄に開ける。
    痛えげりゃ いたちの糞つけろ つければ汚ない 汚なげりゃ洗え 洗
    えば冷でえ 冷めだげや暖れ 暖れば熱い 熱げりゃ退れ 退れば蚤食
    う 蚤食ったら掻げ 掻げば痛い 痛げりゃいちの糞つけろ
   ○泣き虫 毛虫
    泣き虫 毛虫 つまんで捨てろ
 これは実際の毛虫を指して言うのではない。ちょっとしたことにも、すぐベソをかいたり、泣き声出したりする者は仲間からの嫌われ者、それを毛虫になぞらえてひやかす。泣くよな子は仲間に入れないぞという宣言でもある。
   ○泣きめそきめそ
    泣きめそ きめそ 大根一本 背負えない 一本橋渡れない 渡れない
 泣きめそはめそめそした、めそっかき童。きめそはきめる奴で、仲間と気持を合せて行けないで、ひとり離れてむんつくりんになる童のこと。どっちも弱虫であることにちがいない。弱虫は大根一本も背負うことができないし、その上小心で、容易に一本橋も渡れない。往時、山里では沢や水路などに一本の丸太を横倒しに渡しただけの橋がよくかかっていた。それを渡らなければ野や山には遊びに行けない。
   ○泣きみそ こみそ
    泣きみそ 小みそ 橋の下の びだくそ(牛の糞)
 泣きめそ、泣きみそ、どっちが訛ったのか、この唄はいかにも汚ならしそうに、指で自分の鼻をつまみ、鼻つまみならないという素ぶりでひやかす。
    泣きみそ こみそ 髪一本呉ろちゃ ベーガベガ
 握った手から人差し指だけつき出して、鼻柱をこするような動作を、ベーガベガという。肩をすくめながらそれをやって、いかにも辱しいことだというふりをしてからかう。
    泣きみそ こみそ 大戸の陰(かんげ)の びだくそ ジャギモギ突っつけ
 まわりの仲間にはやされ、体のあちこちを突っつきまわされては、大きな恥っさらしである。ともかく、弱虫をひやかすいろいろな唄も、これがまた弱虫を励まし元気づけるのに役立つのかもしれない。
   ○内弁慶外みそ
    内弁慶 外みそ 家の前(め)の馬糞茸(まんくそだけ) やーい
 やせ犬みたいに、自分の家の前では大威張りだが、一歩圏外に出ると、もうみそっこの意気地なしである。それをからかう。馬糞茸はよくごみ溜や馬糞などに生え、見たとこだけで食用にならない。
 とにかく弱虫でも自宅前で遊ぶ時は、いこじ背負って遊びの主導権を摂ることもある。そんな時、仲間に加わりたい者がきて、もし受け入れられなかったりすると、こう言い捨てて口惜しさを晴らす。
   ○行がなえこ
    行がなえこ 来なえこ ひとの家の土踏むな
 口喧嘩のきまりはこの唄である。もうお前さんとは行ったり来たりしないから、おれの家の土も踏んではならない。絶交の宣言である。子ども仲間では小さい争いも遊びの一つ、喧嘩口論も仲のよい証(あか)しであって、たくましく育って行く一つの過程であろうか。
   ○いざりのり
    行たちゃ 言葉の一と言葉 先ぎのドンコロ 物言うな
    痛えたて 掻えたて おれァ知らなえ
    痛えたて 掻えたて こっちぁ知らなえ
    後のドンコロ 物言うな 行った返す エンキエンキザー
 人間を丸太だなど、まるで喧嘩の捨てゼリフみたいな乱暴な言葉使いである。でもこれはソリのりや、いざりのりの遊び唄であって、相手をやりこめ、咸したりするためのものではない。
 大人のソリを持ち出して、何人も並んで百足(むかで)のようにまたいで坐る。これで長い坂道をすべり下る。あるいは笹の葉や杉の小枝を手折ってたばね、お尻に敷いて、堅雪の山の傾斜(ひら)をすべる。いざりのりといって、とてもスピーデーで、しかもゼットコースターにも似たスリルを感ずる遊びである。
 先陣かけてすべり下りた組の姿がかくれて見えなくなる。途中で事故もなく滞りなく着いたか、すぐ続いて行っても危険がないだろうか。第二陣は大声張って歌って確かめる。それに歌が返ってきたら、何事もなかった証(あか)しで、無事OKとあって、「エンキエンキザー」と始動に入る。いわばこれはいざりのりの唄のシグナルなのである。
   ○名前にヘィとついた者
    与兵、五兵、徳兵、二十八ッ兵衛
 道草くっていると、行きずりの大人から「遊ばなえで行げよ」と声がかかる。おそらくは誰かの親戚か、知合いの家の人でもあろうか。それに対して子ども達が、こう返すところをみると、兵衛の付く屋号の人かもしれない。事実、昔は男で、平とか兵衛とかの付く名前が多かった。一平、仁平から始まって沢山の兵衛がいる。そんな名の子をひやかした。一平、二平、三平…から続けても歌いよい。
   ○佐藤・高橋の姓の子
    佐藤・斎藤・犬のくそ 高橋・沓沢 雪の解(け)けぎわの馬糞(だんくそ)
 安楽城では大沢地区が佐藤の姓が断然多く、過半数を占める。学校では姓を呼んでも多過ぎて混乱するから、子供の姓は抜いて名前を呼ぶのが習いとなっていた。いつも屋外なら、ところかまわず転ってるのが犬の糞で、佐藤の姓もそれに似て、いたってありふれた存在であるという意か。斎藤は珍しいほど少ないが、語呂のつながりで佐藤に次いだのだろう。
 差首鍋地区となると、高橋と沓沢が群を抜いている。春の兆候がみえて、道路の積雪がどんどん消え出すと、今まで目立たなかった路上の垂れ落しの馬糞が雨雪に浸り濾されて、糟が一面に敷きつめ、ソリの滑りまで鈍らせるとなげかせる。いうところの「雪解の馬糞道」であって、こうした姓の子をからかう。
   ○越中富山の薬屋
    越中富山の千金丹 鼻糞丸めて万金丹 白墨削って粉薬 馬の小便水薬
 富山の薬屋さんが毎年季節にたがわず、常備薬の取替えにやってくる。これはその姿を見かけて茶化すほどに、毒気のつよいものではない。土産にもらった紙風船をついて遊ぶのにも歌われたことからして、悪態どころか、何かあどけない親しみがひそんでいるようだ。大正のころに、薬の行商に日清戦争時の軍装で、手風琴を奏でてやってくる姿も見受けた。子ども達も物珍しく村外れまで後追いかけたものである。
   ○むがさりむぐった
    婚礼(むかさり)むぐった 仲人嬶ぁ流った
    嫁付ぁ汚った 樽背負出 弛(たる)だ
    ひつ背負いひっ返った
    聟殿むずさえ 童達笑う
 昔、山里の婚礼は徒で道中しなければならなかった。むかさりが部落を通過するとなると、子ども達は屋締縄をない、それを路に張って、はっとかけ(とおせんぼう)、心浮き立たせながら待ちかまえる。いよいよやってくると、物見高く部落中の老いも若きも寄ってきて、嫁見が始まる。そしてたんぎ唄がいくつか披露されたところで路も開かれ、多くの祝福をうけて道中は先へと。昔のむかさりは、どこかのんびりしていたようだ。
   ○あねこからかい
    あねこどさ行ぐ 赤い樽さげで 向えのおじこと 定め酒
    あねここちゃ向け んまい物食せる 蜜柑の皮むいて 中食せる
    あねここちゃ向け かんざし落ぢる なんぼ落ぢでも 買てもらう
 子ども達が道で他所の若い女の人と行き交うと、通りすごしておいて、いたずらっぽく、こんな唄を浴せる。だからといって、大した不良性を帯びているわけでなく、至って天真らんまん、通りがかりの姉さま方も、「なんたらこっつねた(すねた)童達、やらしぐなえ(にくたらしい)」などは口にもしない。かえってほほえみを返してすぎて行く。詞は誰でも知っているはやり節の笑い唄の類である。
   ○部落(むら)ぐるみ悪態づくし
    おべた振りの○○兵衛 鬼この○○ヱ門 大飯食いの○○ヱ門 八尺
    建った○輔 鉄砲まえの○内 人真似烏の○吉 南蛮喰いの○九 くぐ
    ぬき唄の○蔵 反歯の○○八 鼻たらしの○○屋 こうのとり脚の○○
    ヱ門 神楽獅子の○○兵衛 えこえこの○○ヱ門 こへんかきの○助
    人なりきの○吉
     ▽おべだふり(知ったふり) くぐぬき(鼻) こうのとり脚(長足)
      えこえこ(苦情たらしい文句たらたら) こへんかき(粉食い)
      人なりき(他人の言いなり)
 現在の砂子沢部落は百軒近くも軒を並べ、安楽城地区一番の集落であるが、往時は出水期には危険地帯とみなされ、そのせいか民家たった十六軒しかなかった。かえって対岸の野崎が戸数は大して変わりなかったが、家並が密だったせいか、奥地住民からは「宿(しゅく)」呼ばわりされていた。今の両部落をくらべてみると、もう隔世の感がある。
 ともあれ、唄は往時十六軒の男衆の特徴をとらえて茶化している。しかも道順になっているから、唄で案内する部落図ともいえよう。大人の戯れ唄であっても、子ども達にも早口唄として口遊まれたこと、もちろんである。
   ○男と女ごど
    男ど女ごと ちょうれんこ あんまり寵(ちょう)して 泣がへんな
    男ど女ごど 豆炒り 炒っても炒っても 生(なんま)くさえ
 ちょうれんこの語源はどうなのか、庄内地方では「情仲間」、西村山郡の谷地では「ちょうせんこ」と歌っていると、NHK編『東北の童謡』にある。いづれにせよ、男と女とよい仲で、あまりかわいがりすぎて泣かさせなさるな、というのであろう。後の唄は戦後に、
    納豆納豆ねばる 東京納豆もっとねばる
と囃すのが流行した。
 男女七才にして席を同じゅうせず― が、戦前の訓で、小学校に上るくらいになると、男の子と女の子が、あえて一緒に遊ぼうとしなかった。仲よく遊んだりするのを、他の集団にでも見つかるとひやかされる。なにせ学校の雨天体操場、今の体育館など、男女別棟に建つくらいの時世である。
 とはいえ、部落内での生活では意外と仲よく遊んでいた。学校から帰れば、下の子等の相手をして面倒もみなければならないし、遊びにも少人数では興味のうすいものもあろうから、この唄は他集団に対して放たれる悪態だったようである。
   ○おしたぐり
    おしたぐり流行(はや)た 自生桃(おべえもも)見えだ 落ぢるど怪我する
    おしたぐり流行た 鴨こが見(め)えだ 弓ええが 鉄砲ええがズドン
 着物の裾をまくり合ってふざけっこするのが、おしたぐりで、裾を股の下に通して、つまみ上げ、まくられないようにしっかり持つ。お互い隙をうかがって裾をまくり上げる。悪口というより、これはふざけっこの唄である。野蛮でエッチと顔をしかめられそうだが、都会の現代っ子間にも、スカートめくりが流行るという。
 自生桃は桃の原種で、成果は改良種と異なってずっと小粒、梅の実よりは少し大粒か。何よりの特徴は果実の表皮は無毛であること。女子を卑しめて「自生桃」と呼んだものだ。唄は、無毛だから落下したら怪我するぞなどと、気のまわし方からして、ちょっと子どもの発想とは思えない。
 男の子の持物は、かわいらしく「鴨こ」と呼ぶ。大人の戯れ唄にも沢のくちゃくちゃさ、小鳥網かげだ、小鳥かがらなえで 鴨かがた― と、うたってある。大正の頃までは、男の子も女の子も和服をつけ、尋常科の時分は肌着の下はスッポンポン、互いに大事な物をまもりながら、大声はり上げて追っかけまわす、その天真らんまんさを想うだにほほえまれてくる。
   ○木のぼりひやかし
    女子の木のぼり 見たかえな 大工の墨つぼ 下(さが)たよだ
    男の木のぼり 見たかえな 紫むぐれんじ 下(さが)たよだ
 子ども達は木のぼりが好き、野生の成り物をさがして、よく山遊びに行く。そんな時に、もし男の子たちが女の子たちに成木を先駆けられたりすると、くやしまぎれに、「女だてらに木に上って」とひやかす。すると女の子とて、だまっていない。悪態のつき合いである。唄の内容は大人になっており、うたがいなく大人の戯れ唄であった。
   ○チョンチョコリン
    誰かさんの頭髪(あだま)さ チョンチョコリンが止た 早ぐとらなえど 芸者こなる
    誰かさんの頭髪さ チョンチョコリン止た 早ぐとらなえど ぼずこなる
 仲間の頭髪に糸屑や草の葉などが付いてたりしたのを発見すると、手を貸して除(と)ってやる前に、まず囃したててからかう。チョンチョコリンは、方言で、矮小の意味で、唄は「チョンチョコ虫止また」ともうたう。
 もし男の子が手を出したいたずらだと知れると、女の子からも仕返しがある。唄の「ぼずこ」はお寺の小坊さんのことでなく、方言で女の子を卑めた言葉である。男の子のくせして、おしゃれつかして櫛かんざしさすなんて、女の子になるぞと、ひやかすのである。
   ○おしゃれこ
    おしゃれこ しゃれこ なんぼしゃれても 惚れ人(と)がない
    鼻欠け聟でももらうんだ(あるいは、めぐされ嫁でももらうんだ)
 普段にきれいな着物をきてきたり、頭髪にタケナカをつけ、後にはリボンとなる。履物でも自家製でなくお金出してそろえた物、いわゆるニューをまとってくると、仲間は嫉みも手伝ってか、囃立てる。
   ○初調髪祝い
    初調髪(はつあたま)のツールツル 屋根葺き調髪(あだま)のトーラトラ お祝い三つ
    昆布(こぶ)三つ
 大正の末頃までは村に一軒の床屋さんもなく、バリカンもあまり家庭に普及してなかった。男の子の調髪は多分カミソリで剃りこんだもので、剃り跡は青くツルツルである。下手なバリカン使いの跡も縞々に刈跡がつくので、初調髪は誰にもすぐ知れる。すると悪童たちがお節介にも、寄ってたかってお祝いをする。
 その祝いの昆布が「こぶ」だと、冗談高じて平手打ちになったり、ゲンコツではたかれる。音無しく祝わせてやらないと、不意打ちに手拭をかぶされ、引張られて布目に毛根がつきささって、ひどい目にあう。こんなことでも剃髪をおっくらがらせ、初調髪は男の子の泣き所であった。
   ○禿げ頭
    お前の爺さん かんてつだ 剃(す)ったか 剃ったか 一本もない
    剃刀いらずの 丸もうけ
    禿げた頭さ 猫ちょっかいかけた 猫もよく見た 鰊とみた
    禿げた頭さ ボタ餅上げた これが本当のおはげ餅
    ポッポ ポッポ 禿げポッポ 禿げた頭さあげご(または蜂)止また
    婆々ちゃ捕て呉ろ 逃げらった
    パーマネントに火がついた 見る見るうぢに禿げ頭 禿げた頭に毛コ三本
 頭部についての悪態といえば、禿をヤユした唄が多く、禿はごあいきょうである。友達の後頭部にでも瘡こ跡をみつけると大仰に唄は始まる。これも元は大人の戯れ唄で、罪がない。
 初めの唄の「かんてつ」は可鍛鉄の訛か。とにかく、金鉄のような堅頭であろう。そしてポッポは唱歌「鳩ポッポ」の替歌でありパーマネントは、もちろん戦後の移入である。
   ○出ン額カッカ
    でんび かっか ホイホイ でんび でんび 大出ン額
    後(うしろ)出ン額 前出ン額 傘いらずの大出ン額
 面と向って器量のみにくいのをあげて悪態つかれたとしたら、大きな衝撃であろうけれども、子どもの唄であっては他意もないことである。唄はおでこが出っ張ったり、広い者をヤユしてるようであるが、実は通学の道すがらしたたかに雨に打たれた後に、晴れ上がりに一息ついて囃し立てる。さした雨傘をすぼめもしないで、それをはずませながらあばげる(ふざける)のである。
   ○嫌われ者
    出ン額で 鼻欠け 縮れ髪 臍は出臍で 嫌われた 嫌われた
 この唄の出所はどこか、元はこれだけの文句ではなさそう。ゴムマリ以前のてまり唄でうたわれていた。
   ○めくされ鼻
    鼻の高いのは 天狗の鼻よ それより長いのは 象の鼻
    ゴザかき鼻 獅子の鼻 先の開いたは 豚の鼻 豚の鼻 ソラ一丁貸した
 唄の文句は悪態のようでも、てまり唄としてうたいつがれてきたものである。
   ○めくされ面
    一に面長(おもなが) 二に丸顔 三に角面 四に箆(へら)面 五赤 六もっけ
    七つり目 八鼻欠け 九盲 十焼げっ面
      ※箆面(杓子面でしゃくれ顔) あが(霜やけ雪やけなどで赤く炎
       症) もっけ(疱瘡の残った面) 鼻欠け(梅毒の後遺症) 焼
       げっ面(火傷)
 美人である要素でも、それが度を越すと、めぐさい顔になる。唄の出だしは美人コンテストかと思わせ、順に下るにつれて不美人面づくしとなるところが滑稽で、聞く人を幾倍もよろこばせる。
   ○長(なん)げえ面
    一ツ 人より長い面 二ツ 二人とない長い面
    三ツ 見だごとないくらい長い面
    四ツ よっぽど長い面 五ツ 何時見でも長い面
    六ツ 無類に長い面 七ツ 何でも彼ンでも長い面
    八ツ やたらと長い面 九ツ この世にないくらい長い面
    十にゃ とっくり長い面
 数え唄形式で面長をヤユした唄である。何の理由でか、一節ごとに「○○の○兵衛ァ面」を合の手に入れると、いきのよい早口唄となった。

 悪口唄といっても、あくが強すぎて子供にしてはと思われるような唄、瞽女がのこした口説節がある。むかしは子守娘の中にも年頃になりかけた、しかも歌好きな娘っこが居って、それを口遊んだとしてもおかしくなかった。現代は消えて、若者の間でさえ歌われない。もし想い出せる年寄でも居たら、古謡をさぐる上で至宝である。
   ○めくされ口説
    わしの女房 口説でないが 髪は赤髪 額(ひたい)は出ン額(び)
    眼はかなつぼ眼(まなぐ) 鼻でば獅子鼻 口は裂け口 おどげは槍おどり
    胸は鳩胸 臍でば出臍で 尻は棚尻 お膳摺鉢上るよだ
    足はかっぺら足 あがぎれきれる 腓(こぶら)はギャラクトこぶら
    あぐどは松笠あぐど それでも吉原の花見て暮す
      ※おどげ(顎) 槍おどげ(トンガリ顎) 棚尻(物がのるほど出
       張った尻) かっぺら足(偏平足) ギャラクト(おたまじゃく
       し) こぶら(ふくらはぎ)
   ○嫌われ女子
    一に 板の間のようだ ひんむちけだ女子(おなご)
    二にゃ 苦虫食たよだ女子
    三にゃ 散々不出来な女子
    四にゃ 虱など浚うほどたがて
    五にゃ ごだえぶし人より大きい
    六にゃ ロクだと人にも言わんなえ
    七にゃ しち根性それより悪い
    八にゃ 裸でねるごど嫌いだ
    九にゃ この世に無いよだ女子
    十ど じゅんぶく諦めたんよ
      ※ひんむちけ(ひねくれ) ごだえぶし(手足の関節) じゅんぶ
       く(ほとほと、十分にとかの意)

 悪口唄は小気味よく口拍子もよいので、子ども達にはすぐなじむ。中でテンマリ唄、ショウナゴ唄として歌いついで来たものもあるが、多く歌われた場となると、何といっても道草遊びであった。ともかく、古いわらべ唄の聴きとりに来た時、悪口唄となると、僻地部落育ちの古老ほどたくさんの想出を温めていてくれ、それを生き生きと語ってくれたのが忘れられない。

>>安楽城の伝承 目次へ