10 小豆餅と灯持ちは先導

 昔あったけど。上の家の爺ンちゃん、まだとっても餅の好きな人でな、まだ若え時分のこと、こげたごどあて話残した人だけど。
 或時(あっづき)、若勢(わかぜ)ば連れで町さ用達に行き、帰り途暗ぐなんべじゅなで、松明(たいまつ)用意して背負せで行てあったふうだでや。日の短い時だもんださげ、村境の桧の沢ささしかがたら、もう足元見なぐなて、歩ぎづらぐなたけどは。ここは昼間でさえ、木のしげみで陽も当らなえうす暗がりで、やんだ所(どご)だ。川向うの中ノ瀬あだりの灯火(あがり)もちらほら見(め)できたけどは。
 こんど、どこが道端の家の前さしかかたらば、松明さ火つけてもらうべなて、連(つれ)ど語て歩いできたどこだど。
 この日ぁ餅搗きの日だったんだな。ベッタンコ、ベッタンコど、あちこち威勢の良え杵の音きこえできたじょん。もともと餅好きだなさ、空(すき)腹ときてるから、足まだひとりでトンカトンカと、そっちの方ちゃ向いで行くよなもんだ。餅搗きの家の前さ来かがっど、若勢の背中から松明ば抜いで、
「おれぁ火つけでもらってくっさげ、そろそろ行ってろ」
どて、ひとりほっちゃ曲(むじ)て行たけど。
 んでも、餅のごとしか頭ン中さながったべちゃな。大戸潜て行きなり、
「お晩です。松明さ餅つげて呉っちゃ」
て、松明つき出してやたどごだど。囲炉裏から松明さ火移してもらいだくて、火つけで呉ろて言うなだったべども、心さこもった餅がふっ切んなえで、うっかり言葉えなってとび出してしまたどこだんだ。
 餅搗きの手返ししてた若え嫁こなど動転して、なして松明さ餅くっつけんなだべて、キョトンとしたけど。さすが、婆さまは年の功だもんだ。
「ちょうど良えどさ寄てくった。今日はどごだて餅振舞いだべども、おらどこのも味見で呉ろ」
どて、とりなしてくったなで、ほっとしたべちゃ。囲炉裏端にいだ爺さまが手出して、松明受げだども、火ばつけで呉れようどしないで、「そのまま、踏ン込め」つけど。履物のまま囲炉裏さあだるよう、すすめで呉ったなで、引込みつかなぐ踏ンごんだどごだど。
 ほのうち、搗けだ餅ば神さまさ供えでから、婆さま、お膳こ出してきて、
「松明さつけんな、何餅ええがな、小豆好ぎだが、納豆好ぎだが」
て、おどげっけど。さだげなくて(恥ずかくて)少しもじもじしていたら、爺さま、すぐど、
「松明持ぢと、小豆餅ぁ先導ていうさげ、小豆餅先ぎだんだ」
て、言たなで、まず小豆餅を盛てすすめで呉ったけど。
 小豆餅じゅあ、祝いのもんとされでっさげ、何た餅好きだたて、一番先に小豆餅がらご馳走なるもんだど。灯(あかり)持ちも先さ立たなえど、他の人達、足元暗くて、やじゃがなえもんだ。
 どんぺからんこ なえけど。

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