4 屋根の上の狐憑(つ)き

 昔あったけど。田郎の村境(ざけえ)ば沢こ流ってんべ。きっとのごどで狐路なてんだ。ほっから廣倉、巣子田圃(ともで)ど広ぐわたて、よく騙さったていう話きくどこだ。向ぇ岸の与吾渕さも、十五夜さまみでえな火の玉見せらったどが、薬師さまの森の下さ、六尺坊主の化物ば出さって、わりいいたずらさっだどがてな。
 あっづき、笹山の留親父(まあ)まだ上(かみ)からお土産苞(つと)さげて下(さが)てきたけど。ここささしかかったら、もちろん酒入てだなさ、名代の場所だもんださげ、すぐと狐のごと頭さ浮だもんだべな。
「狐など出て来(け)ば出てみろ。おれぁひっどづも(ちっとも)酔てなの居なえぞ。ほっても(決して)騙さんなぇさげ」
 じゅもんで、よぐよぐ気ば張りづめたもんだべ。折しも後(うっしょ)がら隣りのお父(と)さ追(かつ)ついだど。「道連れしんべ」て、声かけでも、なじだもんだが、つれなぐ振向ごどもしなえけど。しばらく後(あど)立(た)て様子見ながら、ついで来たつけや。親父(まあ)のよたよたじゅう足もと危なっかしくて、ソリ跡さでも踏んごんだら、滑って大変だ。
「路の端ば、さげで、真中歩げ」
て、気付けでやっと、それもうるさえらしぐ、さりや聞かなぇで、とんでもなえどさ歩(あご)つんなだけど。
「親父(まあ)、ほんでや道がちがう。ほっちぁ堆肥(こえ)挽き道だ」
ていうて、つれもどすべど手さし出すど、痛いほど力出して振り切る。持(たが)た物もほろぎ落すと悪いさげて、「預て行んか」て、親切に言てやれば、何やらぶすぶすて、ごしゃえで、あげぐにゃ、「畜生、畜生」て、声高にどなりつけんべ。ほれさ天邪鬼みでぇに、こっちて言えばあっちだもんで、道路なりに歩がないで、雪原(ほてやら)ばぼつぼつこぎ出したけど。持で余して、おれの手におえなえさげ、早く帰て隣りさ教(おへ)んべ。家族(えのひたち)ば迎え来さすなが一番だ。親父(まあ)どご一旦本道さ追い込んだどごで、急いで帰て来たけど。
 親父(まあ)ごどしては「狐などに騙されるもんか」と、そればっかりが頭さこびりついで、他人の親切など受け入れるゆとりなどあらばごそ。狐ごとしてはお土産苞(つと)欲しくて、それば手放なさへんべど、神通力(えづな)かけで道迷わせだり、あるいはいろいろと親切ごがしもすんなだべと、何(なえ)でも逆に疑ぐてしまう。ほしちゃ(そうしては)、とうどう薬師さまの下まで辿りついだけど。
 ここはすぐ路の下まえのひこたぶ(凹地)さ家が建ってる。でも吹雪溜たなで、まわりが塞(ふさ)がて屋根ど街道の雪、同じくらえになてしまた。雪原(ほで)こぎしてきた親父(まあ)まだ気付かなえが、そのまんま屋根さ上てしまたんだど。そこの家の人だち、まだみしみしじゅ雪踏む音ききづけて、
「なんぼなえだて、こどわりなし屋根渡んな犬畜生が」
て、おかなえ(大そう)ごしゃえで、囲炉裏の薪持て出はたけど。ほしたば、人間(ひとこ)ひとり、屋根のてっぺんさ仁王立ちなて、藁苞のしあげで、がなってっとこだ。吹雪(ふき)でも吹く時なら、道迷たじゅごともあろうが、この日和で、しかも昼日中(ひるひなか)、何物好きだべ。頭上(あだま)踏みづげらっちゃ縁起んなえ。
「そこぁ、家の屋根だ。早く下りで来い」
て叫だけど。でも耳さも入(え)んなえ、ただ何がさおびえでるらしぐ、何が言うど、乱気なるばりで、通りがかた人たちも何事起きだがど、動転して足止めだけど。
 ちょっとやさっと、屋根下りでくる気配もなえもんださげ、こんだ、家の人だちもひっこんで、囲炉裏さ、やだらと薪やら杉葉やらくべで、えぶしたどごだど。そのうち、もんもんど屋根の煙出しがら煙り上がたべ。ほれかがせらっで、南蛮いぶしさぁたみでえに、親父(まあ)、やっとさめだが、かたげ悪ぐ(悪びれて)して、屋根下りで来たけど。こん時(づき)、どこにも狐の姿など見がけなえがったつけども、親父どさ神通力かかって、あげた真似させだもんであんめぇがな。留親父じゅあ、なんども狐に騙さっだ人だつげさげな。
 どんぺからんこ なえけど。

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