91 古屋の漏

 むかしとんとんあったけど。
 むかし虎と熊いだっけど。虎も「おれは日本一荒(あら)い」。熊も「いや、おら、日本一荒い。おれより恐っかないもの、世の中にいねはずだ」「いや、世界一えらいのは、この虎だ」。どっちもゆずらねがったど。して、そこのどこの、下の方に古いみすぼらしい一軒家(や)あったんだど。ほこさ、じんつぁとばんちゃいて、ほして女馬飼ってで、ほの女馬、子産したんだけど。
 あるとき、大雨降って、ほうすっど虎の奴ぁ、
「今夜あたり、ちょうどええ、馬盗み行ぐにちょうどええ。雨降ったし、足音聞えねし…」
 ほして、ほういうわけで馬盗み行ったんだど。こそりこそりと。ほして行ってみたれば、じさまとばさま、コヤコヤ、コヤコヤと話語ってだんだけど。
「じさま、じさま、今夜あたり雨降ったとき、馬盗みに来っかも知んなえな。じさま、外で番してんなねべな」
 て言うたど。したれば、じんつぁ、
「なぁに、虎コなの恐っかないもんでない。本当に恐っかないのは、古屋の漏(も)りだ」
 て言うたんだど。したれば虎コは古屋の漏りざぁ何だか分んねんだど。
「はぁて、おれ世界一だ勘定しったげんど、おれより恐かない奴は、一体どだな荒い人だべ、どだな恐っかないもんだべ。はいつにせめらっだら、大変なごんだ。こりゃ、古屋の漏りの来ねうちに逃げんべはぁ」
 て、恐かないちゃ、恐かないちゃ、て逃げかけだんだど。どんどん、どんどん逃げて行ったけぁ、ほしたらほこさ、馬喰も馬盗み来ったんだけど。じんつぁとばんちゃ、もさっとしったとき、盗んで行く勘定で、ほこさ、ダカダカ、ダカダカ虎走って行った。はいつ見っだけぁ、夜だし、真暗だから、虎だか馬だか分んない。道の脇さ隠っでだけぁ、ほの虎の背中さヒョーッとのったんだど。
「ほれ、古屋の漏り来た」
 ていうわけで、ぶったまげて、虎どんどん、どんどん走ったんだど。落さっでなんねと思って、馬喰もぎっつく(しっかりと)手喰付(たぐつ)いだんだど。ほして虎、はねこずけて、ようやっと馬喰ば振り落して逃げて来たんだど。して、ようやく熊どさ行って、
「いや、熊、熊、とんでもない大変なごんだ。おれぁ馬盗み行ったら、おれより荒いないた。古屋の漏りていう奴だ。恐っかない化物、おれさ掛ってきて、はいつ、おれの背中さピターッと喰付いて来てな、離さねっだま。どんどん走って来てな、やっとふり落して逃げてきた。あだい恐っかないもの見たことない」
 ぶるぶる、ぶるぶるふるえっだけど。ほうすっど熊、
「ほだい恐っかないもの居たか、おれどこ、ほこさ連(せ)て行(い)じゃてみろ。はっじぇげだなもの、爪でぶっ叩いて呉(け)っから、どさ落してきた」
 ほして二匹して、ポソリポソリと行ってみたれば、馬喰、まだほこさ伸びっだけ。「いたい、うん。いたい、いたい、うん」
 ほこさ熊行って、
「この野郎、よくもおれの友だちの虎いじめたな。ぶっ叩いて呉(け)っぞ」
 爪立ててかかって行ったんだど。ほうしたれば、馬喰は、馬の爪切り出して、「エイッ」と熊の爪みな切ってしまったんだどはぁ。熊ぶったまげて、
「いや、いたい、いたい。爪みな捩(もが)っだ。いや、こりゃとんでもない化物だ」
 ほして、熊と虎、丸こくなって逃げて来たんだど。
「いや、恐かない化物もいるもんだ。こだごんでは(こんなことでは)、日本にいらんね。唐か天竺さ逃げて行かんなねはぁ」
 て、相談したんだど。ほして海渡んべと思って、二匹して海さ入ったんだど。
 したれば爪みな切らっだもんだから、海水しもって、しもって、いたくていたくて何とも仕様ないんだど。熊が、
「いやいや、いたくて駄目だ。海さ入らんね。お前ばり行げはぁ。おら、山ン中さ逃げて隠れっから」
「んだら、お前人に見つけらんね山ン中さ隠っでろはぁ」
 て言うて、虎は唐・天竺の方さ逃げてしまったんだどはぁ。んだから今でも虎は日本さいねくて、山奥さ熊ばりいるんだど。ドンピンカラリン、スッカラリン。
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