15 初     夢

 むかし、あるところに、三人の仲のええ兄弟いだったど。
 お正月の二日の晩げ、紙で宝舟たたみたたみ、こげぇな約束したけど。大きい兄ぁ言うには、
「まいどから、今夜の夢ぁ初夢って言うて、正夢になるとしたもんだど。そんでええ夢見たら、誰にも教えないで、お恵比須さまさ上げ申して、ほんとにそうしておくやいとお拝み申し、悪(わ)れ夢だったら、ほんとにそうして呉(く)んねえように、みんなに語って消してもらってから、舟、川さもって行って、『貘に食わせろ、貘に食わせろ』て、三度唱えてから、流してやる。そうしっど、貘ぁ大きい口開けて、パクッと食ってしまうど。ほだげんども、おらだ兄弟だもの、ええ悪いにかかわらず、語っことにしたらなじょだ」
 て言うど、舎弟たちも、
「あんまりええ」
 て、承知したど。
 次の朝げになって、二人の兄は、「おれぁ、いっこうつまんね夢だった」とか「おれのぁ悪いがったから貘に食せんべ」と、代り代り話したけど。ところが末子舎弟ぁ、にこにこ笑うだけで、ちっとも語んない。
「なじょな夢だった?」
 と聞くげんども、話さない。
「昨夜、あがえに約束したんでねえか」
 というげんども言わないので、兄たちはすっかり怒ってしまって、正月早々追い出してしまったど。
 お天道さまと米のオマンマはどこにあると思ったものか、また何か考えでもあったものか、格別気にもかけないで出て行った。腹ぁ減って人の門に立てば、お正月気分ものんびりしているときなので、何にも事欠かない。そしてとうとう見たこともない聞いたこともないほど他国に来てしまったど。
「ずいぶん、来たもんだ」
 と、一人言しながら、自分で呆れて立ち止ったど。見ると目の前に大きな家が立っている。ずいぶん大きな百姓家もあるもんだと見ているうちに、案じつけた。門構えから家の格好、初夢に見たと、そっくりだど。不思議なこともあるもんだと独り言語ってたら、門のくぐり戸から、頑じょうな男が出てきた。つくんと立っていたな見て、
「見たこともない若衆だ、どっから来た、何しに来た」
 なんて聞くなだど。別して用あるわけでないげんども、家、おん出さっで、ブラリブラリ廻って来たとこだと言うど、
「そうか、そいつぁよかった。ここぁ、ここら一番の大尽だが、昨年の暮れに若衆一人暇をとって帰らっで困ってたところだ、ひとつここに奉公しねえか」
 と言うなだど、何あてあるわけでなし、
「そんじゃ使っておくやい」
 て、内さ連れて行かっじゃど。奉公人の何十人使ってる大百姓で、さっきの人は鍬頭だったど。
 旦那さまにも会わせられ、奉公人にも引き会わせられ、〝稼ぎ初め〟も終えたことだし、早速稼ぎはじめだど。もともと真面目だし、いたって気軽な若い者だから、仲間の気受けも悪くないし、面白いしだど…。
 そうして暮している内に親たちぁ目に入れても痛くないほどめんごがっている一人娘ぁ病気になってしまった。そっちこっちの医者にも掛けたが、いっこうに効目がなくて、ただぶらっとして床について、いっこうに元気がない。年頃でもあるんだし、仲人もばらばら話をもって来っけんとも、取合わない。気のきいたお付のものに聞かせても、「知らない、知らない」と言うばっかりだど。そんでも、どうやら気に合ったのぁ、若衆にいるらしい。灯台元くらし、ってあるからなぁと、さとった親たち、お付女中などと相談して、一人一人、娘に会わせることにした。
 一人ずつ、今まで入ったこともない娘の部屋に行って、
「お嬢さま、お加減はいかがでござり申す」
 と教えらっじゃ通り、立派に枕許に坐って挨拶しっけんども、目をつむったまま返事もしないずも。「おれこそは、おれこそは」
 と、前の夜から磨いた顔を、いっそう鏡見ながら、磨きかけて行ぐげんども、どうも頼りぁなさそうだ。一番おしまいに、
「新米、おめえ行って来い」
 と言われ、その若衆が立ち上った。いままでいないどこ見ると、やっぱり家の中にはいないのかなぁ、ていう声も聞えるなだど。
 そろそろと戸を開けて枕許に坐って、
「お嬢さま、お加減は?」
 と言うど、「あら」て、布団に顔かくしてしまったど。こうして、めでたくこの大尽の家に婿入りしたが、いつかの初夢通りになったんだけど。
(村に稼ぎに来た若衆から)
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