牛方と山姥

 むかしむかし、あるところに、魚屋さんがあったんだけどなぁ。ほして、鯖売りに出かけたんだど。ほうして鯖、もう少しでなくなっどき、
「もう少し残ったから、はいつばかりも売って行んかなぁ」
 と思って、夕方になったげんども、「鯖、鯖」て、声出して歩いだんだってよ。ほうしたれば暗くなったがら、今少し残ったげんど、これ、家さ帰るべなはぁと思っていだら、うしろから、
「鯖一本呉れさい、鯖一本呉れさい」
 て、化物、追っかけてきたんだど。ほれから「ほら」って呉っでよ、ほしてまた「ほら」って呉で、ほしてこんど困って困ってはぁ、化物に追かけられるもんだから、困って、こんど箱がらみんなぶんなげて、家さ帰んべと思ったて、方角わかんねぐなったんだってよ。
 ほして見たれば、向うの方に灯りがポツンと見えっから、そこさもぐり込んだんだど。
「今晩一晩泊めて、助けて呉ねが」
 と。ほしたれば、おばぁちゃんがいて、
「ああ、ええどこでない、泊ってらっしゃい」
 ていうので、泊ったれば、まず夜の御飯は御馳走になって、ほしてなんだかおかしいおかしいと思って見たら、夜中になったごんだらば、ほのおばぁさんが台所さ行って、一生懸命魚庖丁砥いんだってよ。ほして砥いでで、
「今日はええお客さま来た、なぜにして料理して食ったらええんだかなぁ」
 て、居だって。ほしてこんど、庖丁砥ぎ終って、ほして、
「はてなぁ、今夜はええ肴とっじゃから、なぜして食べたらええんだが、まず今日は御飯食べだす、夜、何して、これ、ドブロク一杯のんで寝っかな」
 て、こんど囲炉裡さドブロクわかしたって。ほしてこんど魚屋、布団からずうっと、こう、天井の上さ登って見っだって。ほしたればドブロク沸かして、
「どうれ、ドブロク沸くまで、一寝入りすっかなぁ」
 て、横になってぐうぐう、ぐうぐう、いびきかいて寝っだど。ほうすっど、草屋根なもんだから、萱とって、するする、すると上げて、ドブロク飲んだんだど、魚屋。ほうしたら婆さま、目覚まして、こんど、
「おやおや、おやおや、酒なぜになったか、さっぱりなくなった。どうれ、ほんじゃ仕様ない。酒、みな、なぜかなったし、んだれば餅の一つも焼いて食うか」
 て、こんど餅焼き始めた。ほしたらば、また横になって、餅焼けるまでてワタシさ、ぐるっと焼いで、ほしたれば餅プウプウとふぐっじゃて。ほうすっどまた、萱、ちゅくっと刺して、するするすると上げて、餅みな食ってしまったれば、こんどまず婆さま目覚ましたど。ほうしたれば餅一つもなくなった。
「んだれば、これ、餅はなくなったし、こんじぇ何故したらええか、火箸食ったか、アテギ食ったか、スッカェンカェン、火箸食ったか、アテギ食ったが、スッカェンカェン。酒はないべし、餅はないべし、ほんじゃこりゃ寝るほかない。んだればこれなぁ、何さ寝たらええか、石の唐櫃さ入って寝たらええべか、木櫃さ入って寝たらええべか、どっちが温かいんだかなぁ、今日」
 なて言うて、
「はてな、今日は木櫃さ入って寝たらええべ」
 ほうして、木櫃さ入って寝たんだど。ほれからこんど、夜明け近くにだったか、真夜中だったか知しゃねげんども、わらわら起きてきて、ほして今度、その魚屋一生懸命お湯沸して、木櫃さ、キリキリ、キリキリ、キリで孔あけたど。ほしたれば、
「ほう、今夜、キリキリ虫だか、キリギリスだか鳴くな、こりゃ」
 て、婆ちゃんが中でいたんだど。ほしてキリキリ、キリキリと何十と孔あけて、お湯がらがら煮立てて、その箱は縄で結って、ふたどこ結って、そっとよ。はいつさ、お湯じゃあじゃあ、じゃあじゃあとついだんだど。ほうしたれば、
「熱い、熱い、熱い。堪忍だ、鯖売り、堪忍だ」
「堪忍されるもんでない。おれな鯖みな食ったな、お前だべ」
 て。ほしてこんど音しなくなったから開けてみたれば、狸の化物だったど。ほしてはいつ、鯖の代りに狸ば持ち返って、みんなさ御馳走して喜ばっだど。どーびんさいすけ。

 地域によって「砂山出ろ」とか「川出ろ」とかてな、やっぱり処々によって、昔の話はいくぶんちがうところありますな。内容同じと思ってもな。
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