14 猿聟

 むかしあったけど。
 じんじ、三人の娘もっていだっけど。そして大旱魃で、その年ぁ。まず、うし ろに千刈、前に千刈田もっていたげんども、水上げるべぐない。ほうすっどじん じは何とも仕様ないもんだから、
「おれ、娘、水上げてくれっど、三人持ったから、一人呉っじゃってもええなぁ」
 ていうたんだな。ところがガラガラ、ガラガラ、ガターッと猿ぁ来た。
「おれぁ水上げてくれんべ」
「なに、そんな、されんめぇちゃえ。この旱魃に」
「いや、娘くれっどがていたけぁ、おれ上げてくれる」
「いや、おれはそんなこと言わねぇ」
「いや、いま言うてだけぞ」
 じんじ考えてみて、切(せつ)ないもんだから、
「では、娘一人呉っから、上げてもらわれっか」
「上げてくれんべ」
 ほうしたところが、その日、夜になって猿ぁやったもんだ。ほうすっど朝げ起 きて見っど、じんじぁ見たら、すっかり水たっぷりうしろに千刈、前に千刈田さ 皆かけた。そうすっどじんじは、
「困ったこと言うてしまったな。こりゃ娘くれるなんて言うたが、なじょして呉(く)っ だらええがんべ」
 なて、そして今度は寝てしまったんだな。そうすっど娘ども三人、一番目が行っ た。
「おどっつぁ、飯(めし)あがれ」
 なんて行った。
「いや、おら飯など食(か)んたてええ」
 なて、寝て、苦態だから、寝ててはぁ、二番目がまた行った。
「飯上がれ」
「おれも、ただ寝っだわけ、んねぇ。お前、猿のおかたにならねぇか」
「何語ってる。馬鹿なこと、人が猿のおかたになったり、されんめぇちゃえ」
 て、おんつぁでしまった。じんじは何とも仕様ないもんだから、寝ててはぁ、 起きね。そうすっど三番目の娘はまた行って、
「じんつぁ、起きて飯上がれ」
 て行った。と、じんじも、
「もう一ぺん頼んで見っか、このついでに」
 と思って、その娘さ言うて見た。とうにその娘は親孝行だったんだな。
「いや、そんげな雑作ねぇごんでは、何もあんまいちゃ、起きて飯あがれ」
 今度は、じんじは助かったと思って起きて飯食った。そうしているうちにはぁ、 篭かつねて、猿は迎えに来たずはぁ。ほうすっど娘は猿のおかたになってはぁ、 篭さのって行ったわけよ。ほうすっど娘も次の年の五月の節句になって、餅搗い て里さ、おっつぁんどこさ持って行って食(か)せんなねていうわけだ。取り餅とって 重箱さ入れるつもりだったら、
「いや、そげなすっど、おら家のおどっつぁま、重箱ざぁ、漆で塗ってあっから、 漆くさくて食ねて言うなぁ」
「そんでは分んねなぁ。んでは鍋さ入っだら…」
「いや、鍋だら鍋くさいていう」
「なじょしたら、ほんじゃ」
「いや、困ったな」
「ほんでは臼がらみ持って行く他(ほか) てないべ」
「ああ、それだど一番ええ」
 て言うたど。そうすっど猿ぁ、臼背負って里さ来たわけだ。ずうっと来たとこ ろが、谷川ささしかかって、どんどん流(なが)っでいるどこさ、伸べた木さ藤の花咲いっ だんだな。
「ああ、ずいぶん美しい花だごど」
 なて、娘言うたど。
「ほに、こいつ取ってって持って行ったら、なんぼ喜ぶんだが」
「ほう、ほんじゃ、とってもって行ったらええがんべ」
 て、臼降(お)とす気だ。そうすっど
、 「ああ、降とすと土くさいって食んねぇていうな」
「なに、ほんじゃ、分んね」
 なて、背負った。ほうして、
「こいつか」
「いや、いまと上(うえ)っかわの」
 また、
「いま、ちいと。あいつ、うんと美しいな」
 こいつか、あいつかと段々のぼって、ポキッと折(お)だっでしまったど。
 こんどは臼背負ってっどすっど、ズボッと入ってしまったんだな。ずぶずぶ、 ずぶずぶていうけぁ、猿はつむじ巻いて死んでしまったど。どーびんとん。
(遠藤昇)
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