さるとビッキ

 向いの山に、むかし一匹の大きなさるが住んでいたど。お天気もええもんだか ら、山から里さ遊びに下りて来たど。そうすっど、お正月近かったもんだから、 餅搗きしったったど。餅食 (く) だくて、餅食だくて、歩 (ある) ってみだげんど、どこの家 (え) さ 行ってもペタンペタンていう音すっけんども、食 (く) うべくない話だど。そして、ず うっと行ったどころが井戸があったど。
 そこの井戸のところに、ビッキぁ一匹、ちょこんとしていたっけど。
「ビッキどん、ビッキどん、餅食 (く) たくないか」
「食たいげんど、そっちでもこっちでもペタンペタン音すっけんども、誰も持っ て来てあげもうす人がない」
「ほんじゃ、オレぁ食せっから、オレの云うこと聞け」て云うたど。
「井戸小屋の上から井戸の中さ、じゃぼんと入って、オガオガ泣け」
「そんげなごどして餅食わせんのが」
「大丈夫食せっから、やってみろ」て云わっで、ビッキぁ、小屋の上さ上って、 ジャボンて入って、オガオガて云うたところが、餅搗きしった家の人ぁ、
「なんだなんだ、赤子 (あかこ) 、タンナゲさ入ったんねが」て、みな餅搗きやめて来たど。
なんにもない。おかしなことだ。確かに赤子 (あかこ) の声したのに、と三四人 (さんよったり) 集まったげ んど。なんにもない。「ええがったな」て云いながら、もどったら、そのうちにさ. る.は一軒の家の餅、たがげるだけたがって、裏の山さコンコン行ってしまったど。
そしてさるは、山の上さ行って餅を食っていだったど。
 ビッキもさきだの約束もあるんだし、オレだけ御馳走なんだべて、ペタペタ登っ てみたら、さるは山の上でちぎっては喰い、ちぎっては喰いしったど。
「さきだ.の約束もあるし、オレとこさ、ちいと分けてけろ」て云うたどころが、 「はえっじぇげな、赤子のまねしたくらいで、餅など食 (か) れるもんであんめちぇ。 オレなど重たい餅を命がけて持 (たが) って来て、やっと食いはじまったばっかりだ」
「いや、ほだたてさっきだ食せるっていうたもの、なえったて食せてけろ」て、
ビッキが云うたら、さるは、
「ほんじゃ、いま一ぺん賭をやって、勝ったものが食うごど」
「なじょすっこど」
「この餅、ごろごろごろと下までかっころばしてやって、一番早く届いた人ぁ食 うこと」
「オレぁ走らんねから駄目だ」てビッキが云うたげんど、さるは一人でかまわず ごろごろと餅をかっころばしてやったど。そしてさるは餅さ追かけて、下さ行ぐ。
ビッキぁどだらどだらて降りて行ってみたら、餅は笹の葉っぱや木に、いっぱい 引掛っていたっけど。
「こりゃ、お助けだ」てビッキは、はがしては食いはがしては食いして行ったど ころが、下からさるが登って来た。さるは餅さ届いてみたげんど、届いた餅はち いとばっかりになって、石ばっかりで、食うどこでなかったど。
 だから人ばだましたり、悪いごとさんねもんだ。トービント。
(貝生 工藤兵次)
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