8 飯食わなぇ嫁

 昔あったけど。ひとり暮しの若え者いてな、どげた良え仲人話きても、嫁もらえば食う口もふえっちゅなで、どうしても首肯(かんづか)ながったけど。
 或時(あっづき)、この男どさ、ぶりの良え女子かげこんで来たけど。
「なんとか、わたしんどこ、嫁にして呉んなえが、飯(まま)など一食(ひとがたげ)だて食なえたてええさげ」
てだど。男はほの一言気に入って、家さ入れるごとしたけど。
 飯食なえで働くじゅあ、しみったれ男にはこでえらんなえ話だ。とごろが、日柄経ってみっと、どうもひとりで暮しった時にくらべて、米ひつの底見えな早え気しる。これはおかしいぞていうなで、何がど気つけったと。
 或日、男ぁいつもど同じように山さ稼ぎ行ぐふりして、こっそり梁(はり)の上さあがて息殺して様子のぞこんでいたど。嫁(あねこ)、まだてっきり兄は山さ行たものどばり思てたべ。滅多に使わなえ味噌豆煮る大鍋ばひっぱり出してきて、ほれで飯炊ぎ出したどごだど。
 おれ一人分さ、こんげにえっぺぇ炊いで、一体なじょしっとこだ。さではやっぱり隠っで良ぐなえごどしったな。目ば皿こにして見ったじょん。
 そのうち、飯も炊けだべ。水屋さ鍋おろして行てだど。まず、頭の髪さ櫛かげだと思たば、頭の頂(てっぷり)さ、ざっくり大きい口開いだけど。立膝ついで、握飯(やきめし)にぎるはしがら、その口めがげて、ストンストンと放り込むなだけど。
 男まだ天井でこれ見でおどろいたの何のて、さぁ大変、人間だどばり思て連れそてきたのに、とんでもなえ化物だ、ていうなで、梁から転げ落ちるよにして下りで逃げだどごだど。嫁(あねこ)もそさ気付いで、もしこのごど判てしまえば、人間どもの仕返しこわえ。どうしてもこの男ばつかまえねばていうなで、もう化物の本性出して、「こらっ待て、ほっても逃がさねぞ」て、しゃにむに追(ぼ)っかけっけど。
 男ぁあちこちつまずいて、横転(さらえごろ)び、崖(たがみ)から落ぢそうなっと、傍さ生えった草だべ、茨だべ、たぐついで逃げ逃げ、ほうほうの態で逃げだけど。でも、どうしてもたげたたなぐなて(万策つき)、窪地さ、しゃがまて息殺しったどごだど。そご追いつかって見つかてしまたべ。もうこれぁ、ひと呑みされんだがど観念したども、何だかおかしい。相手が手が届きそうでも、いま一足で近寄れなえ。
 お前、手さ持た物ば投げで、ほごから出はて来いていうど、見っど、手さ握ったな菖蒲だけど。逃げっ時、転げ落ちるはずみに、たぐついて手折ったなだろ。自分(わあ)でも気付かながったども、剣みだいな葉っぱ放さずにいたんだな。しゃがんでだ所(ど)さも、匂いのつよい艾(よもぎ)がえっぺ生えったったつけ。とにかく、化物は、ほれらば苦手で、とてもおっかなくて近寄れながったろ。男もほさ気づいだなで、化物の言うごどほってもきかなえじょん。とうど、化物もあきらめで、姿ば消したけどは。
 やがで、もう大丈夫と見で、家さ帰て、戸の口ていう戸の口のぐしさ、菖蒲ど艾(よもぎ)はさしておいだどごだど。これなら、なんぼ化物でも、乱入(はえりごめ)ながったべちゃ。ほの日、ちょうど五月の節句さあだったけがら、この話聞いだ村の人達も、どごでもこの日には菖蒲と艾ば屋根ささすごどしたど。
 どんぺからんこ なえけど。

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